成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

競争入札

2010年9月23日

某官庁の英語研修で、ひとつ気になることを聞いた。その官庁では、外部に翻訳を委託することが多いのだが、それがいますべて競争入札になっているというのだ。その翻訳担当者が、私のところに相談にきた。競争入札で委託した翻訳の多くが使い物にならないぐらいに品質が低く、結局のところ自分で全部訳しなおしているというのである。これではなんのために外部業者を使っているのかわからない、自分自身にとっても大きな負担である、なんとかならないものか、という相談内容だった。

わざわざ手間とコストをかけて外部業者を使ったところ、まったく使い物にならず、結局は内部担当者がやり直すことでさらに手間をコストを膨らませるという構図である。はっきりいって最悪である。こうした状況は以前から聞いていたのだが、実際に担当者から聞くと、実態の深刻さが身にしみる。

こうなってしまう原因は、英日翻訳サービスという仕事が持つ特殊性にある。英日翻訳サービスの最終プロダクツは日本語テキストである。問題は、この日本語テキストのレベル格差が一般に考えられているよりもはるかに大きいということにある。一流の翻訳者が訳したものとそれ以外の翻訳者が訳したものでは、クオリティに天地の開きがあるのだ。さらなる問題は、納品された日本語テキストが「天」のレベルであるのか「地」のレベルにあるのかが、本当の専門家以外には、誰にもわからないことである。

こうしたなかで競争入札がおこなわれると、どうなるか。価格競争力に勝る「地」のレベルの翻訳が「天」のレベルの翻訳を駆逐するのである。そして現場では上記のような深刻な事態が生じることになる。

つまり翻訳のような特殊なサービスでは競争原理による価値向上は不可能で、逆に既存の価値を大きく毀損するということである。おそらくこれを同じことが他の文化サービス・教育サービス・医療介護サービスでも起こっているに違いない。

勘違いしないでほしいのだが、競争入札制度を否定しているのではない。競争入札によって大きな付加価値を得ることのできる分野も数多いはずである。しかし翻訳のような特殊領域では、競争入札といったシンプルなかたちの競争原理の導入はメリットを生むどころが逆にデメリットを生む。それでも競争原理を導入したいのであれば、コンテストなど他の方法を検討するべきだろう(翻訳の場合それも難しいのだが)。

いずれにしろ競争入札の導入で官公庁の翻訳レベルは今後大きく下っていくことになるだろう。私自身はそうした状況を外から苦々しく見つめているだけですむが、内部担当者はそれではすまない。無駄な努力に苦しむのは彼らなのだ。なんとかしてあげたいのはやまやまだが、私個人の力ぐらいではどうにもならない。今回も「できるかぎり外部業者には依頼しないようにするべきですね」としかアドバイスできなかった。情けない話である。

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