成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

脳科学と語学学習

2011年4月29日

『記憶力を強くする』(池谷裕二、講談社)を読んだ。これは絶賛に値する本である。タイトルは単なるノウハウ本のようだが、実際には、記憶が脳内でどのようなメカニズムでなされるのかを、最新脳科学の成果をもとにわかりやすく説明したものだ。脳科学が進歩していることは知っていたが、ここまで進んでいるとは知らなかった。それにしても、ものすごい進歩ぶりである。

特に興味を特に引いたのが「記憶の階層システム」の部分である。というのも、この部分は私の研究テーマである外国語(英語)学習の方法に直結するところだからである。おそらくこれを読んでいる皆さんにも興味ある話と思うので、この点について解説してみたい。

以下、まず記憶に関するベーシックスについてご説明する。その次に、「記憶の階層システム」を述べ、そして外国語学習と記憶の関連性について述べたいと思う。長くなるが、おつきあい願いたい。

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人間の「記憶」とは何か。記憶とは、脳科学的にいえば脳の神経細胞ネットワークのなかに固定的に確保されている電位差のことである。つまり記憶とは電気信号であり、基本的にコンピュータと変わらない。人間の脳とコンピュータの仕組みが同じというのは、あじけない感じがするが、科学的にみればそうだということである(ただし最も重要な点では脳とコンピュータは決定的に違っているという点も指摘しておきたい)。

記憶が格納されているのは側頭葉というところである。しかしここは単なる記憶の格納場所で、記憶を入力する機能を持つ場所ではない。記憶の入力処理を行っているところは、海馬(かいば)というところである。そしてこの海馬は脳のなかでただ一箇所だけ、細胞の入れ替わりがある部分である。ほぼ4カ月ですべての細胞が入れ替わってしまうという。脳の細胞は減るばかりで増えないというのが通説だが、入力処理の部分については実はそうではない。

したがって海馬の細胞が増えて活性化されると記憶の入力処理はスムーズに行われるようになり、その結果、記憶力が向上する。脳内の記憶格納場所には膨大な空スペースがあるため、入力処理さえうまくいけば記憶の格納はよりスムーズにできる。

幸いなことに、うまく刺激を与えれば海馬細胞は何歳になっても増殖できる。すなわち年をとったからといってただちに記憶力が鈍ることはない。実際70歳になっても、うまく刺激を与えれば記憶力は向上することが確かめられている。このことから、年をとってしまうと新しい外国語を覚えることは難しいという通説も本当ではない。何歳になっても記憶力は伸ばすことができ、新しい外国語を習得することも可能である。

記憶の入力をつかさどる海馬のすぐ近くには、感情の動きをつかさどる扁桃体(へんとうたい)がある。この扁桃体が記憶に大きな影響を与えている。そのため記憶を強化するには、同時に感情をゆさぶることが有効である。外国語を覚えるときにも、感情の動きを伴って覚えるようにすると記憶が強化される。

さらに記憶は、五感を総動員して覚えることが効率的である。たとえば外国語を覚えるときでも、眼だけではなく耳も手も口もそのほかの体もすべて使いながら覚えるのがよい。リーディングの面でいえば「眼で読み、耳で読み、口で読む」がこの実践方法のひとつこである

池谷さんが「記憶の三か条」として挙げているのが、「1.何度も失敗を繰りかえして覚えるべし、2.きちんと手順を踏んで覚えるべし、3.まずは大きく覚えるべし」というものである。以下、この3つをひとつずつみてみよう。

1の「何度も失敗を繰り返して覚えるべし」は、多くの人にとってわかっていてもできないことである。何度か失敗を繰り返すとそこでやる気が失われてしまって、それ以上続けられない。ここで重要なのは「繰り返し」の定義だろう。多くの人が「繰り返し」とは数回、多くても数十回だと思っている。だから10回「も」繰り返して覚えても覚えられないと、いやになってしまう。

しかしこれは間違った認識である。そもそも「繰り返し」は数回や数十回のことではない。数百回、数千回のことである。したがって数回や数十回くらい繰り返して覚えられないのは当然と、考え方を変えればよい。そして諦めずにさらに繰り返すと、必ず記憶できる。こうした数百回、数千回の繰り返しが語学学習の王道である。

2の「きちんと手順を踏んで覚えるべし」と3の「まずは大きく覚えるべし」を語学学習にひきつけていうと、たとえば英語の発音の習得でいえば“th”や“r”といった細かな発音の差異を先に習得しようとするのではなく、音節感覚、リズム感覚という音韻の大きな枠組みを最初に習得すべきということである。文法力の習得でいえば、細かな文法規則の勉強などは後にして、語の基本構文の理解を向上させることが先決である。

記憶の保存期間は約1カ月である。したがって1カ月以内に復習をすると記憶が強化される。池谷さんお勧めの復習方法は、まず1週間後に1回目、次にこの復習から2週間後に2回目、そして最後に2回目の復習から1カ月後に3回目、というように、1回の学習と3回の復習を少しずつ感覚を広くしながら行うというものである。こうすると、海馬がその情報を必要な記憶と判断してくれる。

睡眠は、記憶を強化するうえで必須の過程である。ある論文によると新しい知識や技法を身につけるには、覚えた日に6時間以上眠ることが欠かせないという。睡眠の中で記憶が脳内で整理され定着するのである。1日に6時間まとめて勉強するよりも、2時間ずつ3日に分けて勉強するほうが効率的であることがわかる。途中で睡眠が入るからである。

記憶にとって最大の課題は「やる気」である。「やる気」がなければ、記憶は定着しない。脳のなかで「やる気」を生み出しているのは、側坐核である。側坐核は、なかなか活動をはじめない。ある程度の刺激がきたときだけ、活動をはじめる。そして刺激がさらに与えられると、さらに活動を強める。とすれば、「やる気」を起こすには、やる気がなくても、とにかくはじめてみることである。一度はじめると側坐核が自己興奮して、さらにやる気がわいてくる。やる前にやる気がないのは、ある意味で当然である。やる気を出すには、「とにかく、はじめる」ことである。

「やる気」は維持するひとつの方法は、身近な目標を立て、それを達成していくことである。たとえば「今日はここまでやろう」「1時間でこれをやろう」といった実行可能な目標を立てると、目標を達成するたびに脳内に快楽物質が放出され、やる気が維持できる仕事にしろ勉強にしろ最初と最後に能率があがるので、たとえば1時間で何かをやるにしても、30分が2回あると思うと最初と最後が2回ずつになるので、能率がアップする。

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次に「記憶の種類」について説明する。記憶は、いくつかの種類に分けることができる。それをまとめたものが以下の表である。(『記憶力を強くする』p.68より)

1.短期記憶 
30秒~数分以内に消える記憶、7個ほどの小容量
2.長期記憶
(1) エピソード記憶  個人の思い出
(2) 意味記憶  知識
(3) 手続き記憶  体で覚えるものごとの手順
(4) プライミング記憶  勘違いのもと? サブリミナル効果

「短期記憶」とは、30秒から数分以内には消えてしまう記憶のことである。これは7個ほどの小容量しかない。たとえば、皆さんはいまこの文章を読んでいるが、それぞれの直前の文字列を覚えているに違いない。もし直前の文字列さえ覚えていないようだと文章は読めない。ところがこの道中記のいちばん最初のほうにどのような文字列があったのかは覚えていない。すでに数分以上がすぎているからである。と同時に、7個という短期記憶の容量を大幅にオーバーフローしているからである。

私たちが文章を読むときには、この「短期記憶」能力を使って読んでいる。文字のうえで継続的に一方向に眼を動かしつつ、その直前に出てきた7つほどの意味チャンクをつねに参照しながら、その部分の意味を把握している。

ところが、参照しなければならない先行意味チャンクの数が7つ以上、たとえば10個もあるとすると、その先行意味チャンクの一部は短期記憶からオーバーフローしてしまう。すると、その文の意味がとれなくなる。そこで一度、動的に読むことをストップして、そこを何度も繰り返して読むことになる。これが下手な翻訳文や難解な文を読む際に起こっている現象である。ただ、そうした難解な文が誰にも読みとれないのかというとそうでなく、「プライミング記憶」を使うことで一部の人間は苦労せずに読みとることができるの。

長期記憶は、(1)エピソード記憶、(2)意味記憶、(3)手続き記憶、(4)プライミング記憶の4種類に分類できる。

(1)の「エピソード記憶」とは、私たちが実体験のなかで積み重ねてきた記憶のことである。子供のころに住んでいた家や飼っていた犬のこと。学校での友達との会話や授業の様子。旅での思い出。仕事での成功や失敗、などなどである。

(2)の「意味記憶」は、いわゆる「知識」のことである。実体験とは無関係であり、教師や本などのさまざまな情報源から入手して脳内に格納されている情報である。この意味記憶を人並み以上に維持している人が、「もの知り」である。

「エピソード記憶」と「意味記憶」は無関係ではない。どんな「意味記憶」にも、覚えたときの「エピソード」が必ず付随している。そうしたエピソードのかたちや種類が「意味記憶」のあり方に大きな影響を及ぼす。

たとえば、ある人がある英単語の「意味記憶」を脳内に格納しているとしよう。そこには、辞書をめくりながら覚えたというエピソードが付随しているかもしれない。あるい、本を読んでいるなかで覚えたというエピソードが付随しているかもしれない。ネイティブとの会話で覚えたというエピソードが付随しているかもしれない。こうしたエピソードの違いによって、その人が脳内に格納している英単語に対する「意味記憶」はそれぞれに異なっている。私がつねづね「英和辞書はなるべく引かないほうがいい」というのは、英和辞書を引くというエピソードから派生する意味記憶は大きく歪んでいるからである。といってネイティブとの会話というエピソードから派生する意味記憶だけでは知的な思考は不可能である。したがって知的な英語をマスターしようとするならば、「英語の本を読む」というエピソードが必要である。

(3)の「手続き記憶」とは、体で覚える「ものごとの手順」である。私たちは食事のときにお箸を使うが、これは赤ちゃんにはできない。生活をするなかで自然に覚えていくものである。歩くことも、服を着ることも、私たちが日常でおこなっているすべてのことは、このように「自然に」覚えていくものである。「どうやって歩いていますか?」と聞かれると、すぐにはうまく答えられない。つまり「手続き記憶」は意識上には表れることのない、意識下の潜在的な記憶である。「言葉」も、この「手続き記憶」によって使えるようになっているものである。それは潜在的なものである。

(4)の「プライミング記憶」だが、これは1980年代の発見されたもので、それ以前には存在は知られていなかった。「プライミング記憶」とはどのようなものか。

たとえば「プライ○ング」の○のなかに、どのような文字が入るだろうか。多くのひとは「ミ」だと考えるはずだ。しかし、実際に入るのは、ひょっとすると「ミ」ではなく「シ」かもしれない。前にプライミング記憶の話をしていたので、私たちの脳が勝手に「ミ」と解釈してしまったのである。これが、プライミング記憶である。このようにプライミング記憶とは、「先取り」「思い込み」のことである。読書にかぎらず、生活全般のなかでちょっとした「勘違い」をするケースがよくあるが、そのほとんどが、この「プライミング記憶」のために起こっているものだ。

プライミング記憶は、勘違いを生じさせて理解のあり方を妨げることもあるが、その一方、理解を大きく向上させる役割も担っている。プライミング記憶を使って理解を「先取り」することで、理解のスピードが圧倒的が速くなる。理解における圧倒的な「省エネ」が実現するのである。

その典型的な例が言語の理解である。会話をしているとき、私たちは相手の話を100%聞いているわけではない。プライミング記憶を活用して、以前に出てきた部分については、どんどんと「先取り」して「聞き流して」いる。この「先取り」作業がうまくできなければ、話の内容が込み入ってきたとたん、理解が追いつかなくなる。これと同じことが、本を読んでいるときにも起こっている。

私たち日本人が英語を理解しようとするときには、この「先取り」がネイティブほどうまくできない。そのため、理解が「省エネ」モードになっておらず、難しい構文や内容になってきたとたん、脳の情報処理がオーバーフローしてしまう。

「手続き記憶」と同じく、「プライミング記憶」も意識上にのぼることのない意識下の潜在記憶である。最近の研究によると、「短期記憶」と「プライミング記憶」は大脳皮質でおもに作られ、「手続き記憶」は線条体(大脳皮質の裏にある基底核とよばれる部位)や小脳でおもに作られることがわかっている。

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最後に「記憶の階層システム」についてご説明する。うえの5種類の記憶は、下から、手続き記憶、プライミング記憶、意味記憶、短期記憶、エピソード記憶の順番に階層化されている。下の階層にあるほど、生命の維持にとって重要な記憶である。上に階層にいくほど、いわば知的な記憶になる。人間の成長でいえば、子供から大人になるにつれてもっとも早く発達するのが手続き記憶である。次がプライミング記憶、意味記憶、短期記憶、そして最後に発達するのが、エピソード記憶である。生まれてから3、4歳のころまでの記憶がないという現象は「幼児期健忘」といわれ、きわめて一般的である(私にも3歳までの記憶はない)。これは、幼児にエピソード記憶がまだよく発達していないことから生じる現象である。また、10歳ぐらいまでは意味記憶が優勢であり、そのあとはエピソード記憶が優勢になる。別の言い方をすれば、10歳ぐらいまでは「丸暗記」が大得意だが(だから九九が簡単に覚えられる)、それ以降は経験(エピソード)と結びつけなければ、覚えにくくなる。大人になると暗記力が衰えるという俗説は、この「丸暗記力」の衰退にある。しかし実際のところ、そのかわりに年をとるにつれてエピソード記憶力が大幅に伸びるのだから、暗記の“総力”は大きくなる。

この階層化でわかるもうひとつの特徴は、下の階層ほど幅が広い、つまり意識の使用容量が大きいということである。言い換えると、脳の働きは無意識でおこなわれる部分のほうが意識的におこなわれる部分よりも圧倒的に大きい。たとえば、服のボタンを掛けることを意識的におこなっている大人はいない。はじめてしまえば勝手に指が動いて、気づけばボタン掛けは終わっている。この日本語の文章を読む作業も、特に意識的におこなっているわけではない。文法など気にせず、内容をただ読みとろうとしていると、脳のほうが勝手に日本語の文法にあわせて読みとってくれる。私たちの脳のなかには、日本語の構造を読みとる「手続き記憶」が潜在記憶として格納されているからである。このように、日常生活のなかの活動のほとんどが無意識下において行われている。

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ここからが本命である外国語学習の話である。すでに述べたように、人間において最も早く発達するのは「手続き記憶」である。つぎが「プライミング記憶」である。これを言語の音の領域の記憶にあてはめてみると、「手続き記憶」とは、日本語の音韻体系(100ちょっとの開音節に文節化すること、など)を獲得することである。一方、「手続き記憶」とは、「文法力」を獲得することである。そして「プライミング記憶」とは、リスニングやリーディングの省エネ化と迅速化をはかるための最重要ツールのことである。

言語をマスターするには、この「手続き記憶」(音韻、文法)を獲得し、さらに「プライミング記憶」(先取り能力)を獲得しなければならない。「音韻、文法」の獲得と「先取り能力」の獲得できていなければ、「意味記憶」や「エピソード記憶」を発達させたとしても、それだけでは本当の意味での言語運用ができるようにはならない。

日本語についていえば、私たち日本人は生まれてから日本人として成長していくなかで、「手続き記憶」と「プライミング記憶」を十分に発達させている。もちろん、それは潜在的な記憶であり無意識下にあるので、私たちはふだんその記憶の存在を意識することはない。逆にいえば、そのように意識することがないゆえに、私たちは日本語をスムーズに運用できる。いかに歩いているのかを特に意識しないがゆえに、私たちはスムーズに歩けるのと同じである 。

一方、英語では、日本人は「手続き記憶」(音韻、文法)と「プライミング記憶」(先取り能力)を獲得できていない。したがって英語学習では、「手続き記憶」(音韻、文法)と「プライミング記憶」(先取り能力)を練習しなければならない。問題は、この2つの記憶をいかにして獲得するかである。

すでに述べたように、この2つの記憶は潜在記憶である。意識下ではなく、無意識下に存在する。母語ではその獲得も無意識的に行われたものである。したがって英語の習得においても、意識的にではなく無意識的にこの2つの記憶を獲得する方法が考えられる。たとえば、理屈もなにも知らなくともよいから、とにかく英語にできるかぎりたくさん触れるといった方法である。この方法を推薦する英語専門家の数は多い。「英語を本当にマスターするには、生の英語をシャワーのように浴び続けなければならない」といった主張である。これが英会話主義や留学必要論につながっている。

しかし少なくとも幼児ではない日本人にとって、これは間違いである。第一に、幼児ではない日本人は、外国語の「手続き記憶」と「プライミング記憶」を獲得する能力が幼児に比べて大きく劣っている。すでに述べたように、記憶は「手続き記憶」「プライミング記憶」「意味記憶」「短期記憶」「エピソード記憶」という順番で発達する。幼児以上の年齢になってしまうと「手続き記憶」「プライミング記憶」の部分の獲得能力は大きく減退sるう。その後、10歳ぐらいまでは「意味記憶」能力が大きく発達し、それ以降は「エピソード記憶」が大きく発達する。ということは、幼児が母語を身につけるときと同じ方法で大人が外国語を身につけようとしても、「手続き記憶」「プライミング記憶」を獲得する能力が大きく減退しているために、幼児のようにはうまくいかない。大人が「赤ちゃんが英語を覚えるように英語を覚える」のは無理である。

第二の点は、すでに獲得している日本語の「手続き記憶」(音韻、文法)と「プライミング記憶」(先取り能力)が、英語の「手続き記憶」(音韻、文法)と「プライミング記憶」(先取り能力)を獲得する際の阻害要因になることである。これは「母語による干渉」と呼ばれる。

たとえば、英語の音韻に関する「手続き記憶」を獲得しようとしても、私たちがすでに獲得している日本語の音韻の「手続き記憶」が邪魔して、うまく獲得することができない。具体的にいえば、耳に入ってくる(口から出す)英語の音をすべて日本語の「手続き記憶」で処理してしまう。これが「カタカナ」英語である。

同様に、英語の構文理解に関する「手続き記憶」を獲得しようとしても、すでに獲得している日本語の構文理解の「手続き記憶」が邪魔して、それをうまく獲得できない。具体的にいえば、いま聴いている(読んでいる)英語を日本語の「手続き記憶」に従って理解してしまう。これが「直訳」「英文和訳」である。

重要なことは、そうした日本語の手続き記憶による英語処理は、意識的でなく無意識に行われるということである。私たちが食事にときに箸の「手続き記憶」を無意識に使っているように、日本語を使うときには日本語の「手続き記憶」を無意識に使っている。そして英語を使うときにも、この日本語の「手続き記憶」を無意識に使ってしまうのである。そうすると、英語の理解はきわめて難しくなる。水中にいるのに、泳ぐのではなく歩こうとしているようなものである。

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では、成人の日本人はどのように英語学習をおこなっていけばよいのか。

第一に、上に述べたことをまず理解することである。10歳までの子供と異なり、成人は理解せずにただ丸覚えをする能力が衰退している。その代わりに理解をすると理解が強化される。「理解してから訓練して身につける」が大人の学習の最短ルートである。

第二に、成人はエピソード記憶が発達しているので、できるかぎりエピソードとして心に強く残る学習をするべきである。例えば人前での英語でのスピーチやプレゼンはきわめて効果的である。またネイティブの会話などの特殊な状況を持つことも刺激になるだろう。

第三に、現在の仕事や研究などに関連させたトピックを学習することである。そのほうがエピソードとして記憶に強く残り、かつ間違いなく実利的である。

第四に、短期的で具体的な目標を立てることである。すでに述べたように学習にとって最大の課題は「やる気」の維持であり、その最有力方法は、身近な目標を立てて、それを達成していくことである。3年後ではなく、3ヶ月後に向けての明確な目標が必要である。例えば、自分の仕事に関する5分程度のスピーチやプレゼンテーションが英語でできるようになる、といったものである。

最後に強調しておきたいのは、成人になってからでも英語は十分にマスターできるということである。さらにいえば、そのほうが効率がよい。ただし上に述べたように、正しい知識をまず理解し、そのうえで正しい方法でトレーニングを積み重ねた場合のことである。現在の日本の英語教育では正しい知識の教授法もトレーニング指導法も開発されていない。成人の英語教育で成果があがっていないのはそのためである。しかしそれは本質的な問題ではない。一人一人が自覚すれば、この壁は簡単に乗り越えられるはずである。

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