成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

遅く読めないものは速く読めない

2010年5月6日

ときどき翻訳者を雇う側の方々とお話をする機会があるが、そのなかでよく出る注文が、もっとスピーディに翻訳をこなせる人材をつくってほしいというものである。そのためには翻訳スピードを上げるトレーニングを講座に積極的に取り入れるべきではないかというコメントをいただいたりもする。おそらくその裏側には、私のように「本当にわからないものは訳せない」「目で読み、耳で読み、そして手で読む」「直訳はすべて誤訳である」などといったお題目をいくら唱えていても実社会ではつうじませんよという、まことにありがたいアドバイスがこめられているのだと思う。今の世の中はとにかくスピード第一なのだ。スピードなくして成功なし、である。

もちろん速く翻訳できるにこしたことはないと、私も思う。だがそのためには、まず「遅く」翻訳できる必要がある。遅く翻訳できないものは速く翻訳できないからである。ところがその遅く翻訳することすらなかなかできない(もちろん翻訳ではなく「英文和訳」なら簡単にできるが、すでに何度もいっているように英文和訳は翻訳でない。また、近いうちにコンピュータ翻訳の精度が英文和訳並みになるので、人間による英文和訳はその時点で駆逐されるはずである)。したがって、まずトレーニングしなければならないのは遅く翻訳することである、と私は信じている。まあ、この考え方自体、「実社会」ではつうじないのかもしれない。

このスピード重視の要請は、どうやら英語教育の世界でも同じらしい。大学入試やTOEICでも「速読力」が第一に求められているとのことである。英語が読めるようになるには多くの英語を読むしかないから、速く読めるということはとても大切だが、しかしここで忘れてならないのは、ゆっくり読めばわかるテキストを速く読むトレーニングは可能だが、ゆっくり読んでもわからないテキストを速く読むことは不可能だということである。翻訳と同じで、遅く読めないものは速く読めないのである。

したがって速く読むトレーニングをするには、ゆっくり読めば完全に理解できるレベルのテキストを選ばなければならない。それを15分なり30分なり時間を決めて、けっして返り読みをせず、どんどんと読み進んでいくのである。そうやってまず自分のリーディングスピードを知り、そしてそれを徐々にアップさせていくことである。

ゆっくり読めば完全にわかるテキストとは、語彙レベルでいえば、1ページにわからない単語が2つ3つ以下といったものである。5つも6つもわからない単語があると、完全にわかることはもはや困難であろう。また、内容面において高度なテキストは、完全にわかるためのハードルも高いものである。

私自身のことについていえば、もう30年以上も前になるが、ハリウッド系の三文ライターが書いたペーパーバックを大量に買って読んだ記憶がある。内容は実にくだらないのだが、とにかく読者をあきさせないようにできているので、前へ前へと進むことができた。こんなことを真似をするのもいかがなものかと思うが、これも一案ではないかと思う。いまは語彙を制限したグレードリーダーが数多く出版されており、またインターネットでわかりやすいテキストを入手することも可能である。それぞれにあった方法でトレーニングをされればいかがだろうか。

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