成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

byとwithのイメージ

2010年4月28日

「心から心へ」「全体から部分へ」とならんで私がよく用いる表現に「イメージから言葉へ」というものがある。人間の心のなかには言葉ではなくまずイメージがあるということだ。そのイメージが、あるときにはサウンド表現、あるときにはビジュアル表現、あるときは身体表現、そしてあるときには言語表現となる。言葉が先なのではない。イメージが先である。一例を示そう。

The IFRS applies when an entity adopts IFRSs for the first time by an explicit and unreserved statement of compliance with IFRSs.

これは国際会計基準(IFRS)の第1号のセンテンスのひとつである。企業会計基準協会が訳した「公式」訳では以下のように訳されている。「本基準は、企業が、すべてのIFRSに準拠しているという明示的かつ無限定の記述により、国際財務報告基準(IFRS)を最初に採用する場合に、適用される。」

何をいっているのかさっぱりわからないだろうが、わからないのが当たり前なので安心してほしい。私にもさっぱりわからない(財務は私の専門のひとつなので内容はわかるが、日本語としてはわからない)。これでわかるほうがおかしい。よくわかるというひとがいるとすれば、たいへん申しあげにくいが日本語の正常な感覚が壊されてしまっている。

さてこの訳文、翻訳として突っ込みところ満載であるが、そうした点はさておいて、ここではbyとwithの空間イメージだけに焦点をしぼろう。

byの基本的な空間イメージは「~のそば」である。図にすると以下のとおりだ。(図略)

いっぽうwithのもつ空間イメージは「~といっしょ」である。図は以下のとおり。(図略)

ついでにnear(近く)の空間イメージを図示すると次のようになる。(図略)

byでは2つの対象がくっついていないが、withではそれがくっついている。この基本的なイメージの違いがあらゆる用法をつうじてbyとwithの意味を本質的に区別する。くっついているか、いないのか、それが問題である。

うえのセンテンスをもういちどみてみよう。この基準第一号が適用されるのはan entityがIFRSsをはじめてadoptされるときなのだが、そのときすぐそば(by)にan explicit and unreserved statement of complianceがある。そしてそのcomplianceはIFRSsとくっついている(with).。

実際の訳文はこのイメージから派生させることになる。したがって人によってさまざまな訳が生まれてくることになる。しかし言語表現が異なっていてもイメージが間違っていないならばそれでよい。いずれも本質的な意味において正しい訳である。本質的な意味で間違っているのは英文和訳のほうである。ただし社会的な意味においてはそうではないところが、いまの日本社会と日本語がかかえる本質的な課題である。

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