成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

「かたち」と品詞

2010年6月13日

高校時代に英語が大の苦手であった最大の理由のひとつは、名詞、動詞、形容詞といった学校文法用語が理解できなかったからだと思う。

高校時代の私は、英語の単語には、名詞という「かたち」の単語、動詞という「かたち」の単語、形容詞という「かたち」の単語があるものだと思っていた。たとえば、chairやhandは名詞、runやwalkは動詞、white やblueは形容詞といったぐあいである。

しかし実際の英語はもちろんそうではない。chairやhandは名詞であるが同時に動詞でもあり、runやwalkは動詞であるとともに名詞でもある。white やblueは形容詞とともに名詞でもあり、さらに動詞でさえある。

つまり名詞や動詞や形容詞という明確な「かたち」の単語があるわけではなく、時と場合によって、それぞれの単語は名詞にもなり、動詞にもなり、形容詞にもなるのである。

たとえばchairという単語は、He sit the chair.では名詞だが、He chaired the meeting.ならば動詞である。ふつう動詞にならないと思われているdeskでさえも「〈特に現場で働いていた人を〉事務職に就ける,内勤にする」(ランダムハウス英和辞典)という意味では動詞として使える。

あらゆる英単語(内容語)は名詞にも動詞にも形容詞にもなれる可能性を持っているのである 。言い換えると、名詞の「かたち」、動詞の「かたち」、形容詞の「かたち」などといったものは英語には存在しないのだ。

これと同様のことが句や節のレベルでもいえる。たとえばsinging a songという現在分詞句は、時と場合によって名詞句にもなり(Singing a song is fun.)、形容詞句にもなり(There is a man singing a song.)、副詞句にもなる(Singing a song, he crossed the road.)。前置詞句でも過去分詞句でも同じであり、節でも同じことである。

名詞や動詞や形容詞や副詞といった文法用語は語句節の「かたち」と表すものではなく、語句節の「はたらき」の名称と思えばよい。そして英語の場合、そうした「はたらき」は、それらの語句節が置かれる位置で基本的に決まってくる。つまり主語、目的語、補語の位置におかれるものを「名詞」、述語動詞の位置に置かれるものを「動詞」、名詞の後に位置して名詞を修飾するものを「形容詞」、述語動詞(文全体)を修飾するものを「副詞」と呼べばよい 。

最近になって気づいたのだが、英単語の「かたち」と「文法カテゴリー」とを無意識のうちにそれほどまで強く結びつけていた要因には、日本語の影響があるのではないだろうか。

日本語では、語の「かたち」と文法カテゴリーが完全一致する。たとえば英語のchairは名詞に動詞にもなるが、日本語の「椅子」はつねに名詞であって動詞にならない。英語のrunは動詞にも名詞にもなるが、日本語の「走る」は名詞にはならない(特殊用法は除く)。名詞にするには「走り」というように「かたち」そのものを変えるしかない。

このように日本語の文法カテゴリーは「かたち」とつねに一体である。それゆえ高校までの私は、その感覚を無意識のうちに英文法に反映させていたのではないだろうか。だから、なんとなくモヤモヤしていたのだろうと思う。

英語の名詞、動詞、形容詞、副詞という概念が「かたち」ではなく文中の位置で決まるということが明確に理解できたは、大学生になってからのことだった。それまでなにかモヤモヤとしたものをつねに感じながら英語の勉強をしていたのが、なんだか急にそのモヤモヤがとれたような気分だった。

高校の頃の私と同様に英文法に対してなにかモヤモヤとしたものを抱えながら、英語の勉強をしている人も数多いのではないだろうか。そしてそのモヤモヤの原因としては、私がはまったような「かたち」と「はたらき」についての誤解があるのではないかと思う。そしてさらにその背後には、「かたち」と品詞と一致する日本語文法の影響があるのではないかと考えている。

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