成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

「わかる」とはどういうことか

2011年5月10日

私の授業でのスピードリーディングの訓練を行った後にみんなでお茶を飲みにいったとき、ある受講生の方がこうつぶやいた。「それにしても読んでわかるということは、どういうことなんでしょうね…」。例えば英語のテキストを1分間に300ワードのスピードで読めたとしても、その内容がわかっていなければ本当の意味では「読めた」ことにはならない。ではその内容が「わかっている」とはいったいどういうことなのだろうか。それが受講生の方が発した疑問の中味である。

日本人が英語を学習する際になによりも自覚しておかなければならないのは、日本人は英語が「わかる」ことに対してあまりにも潔癖すぎるということである。少しでも知らない英単語や英語構文が出てくると、すぐに不安になる。そして、かたっぱしから辞書を引き、文法構造を解析する。ときには1行を読むために5分、10分をかける。こうして、すべてのワードや表現をあますところなく調べ尽くし、1時間、2時間をかけて、わずか数ページの英文を「解読」する。こうしなければ「わかった気になれない」からである。少しでもわからないところが残っていると不安が募って、気分さえも悪くなるのである。

一方、日本語の文章を読むときのことを考えてほしい。はたして数ページを1時間、2時間をかけて読むだろうか。ときには知らない漢字や表現も出てくることだろう。ぼんやりと読んでいると意味がよくとれない文もあるかもしれない。それでも、それなりに前に進み、それなりに「わかっている」と自分では思っている。少々あらっぽくても、とにかく全体がつかめればよいと考えている。細かいところがわからなくても不安にもならないし、もちろん気分が悪くなることもない。それが母語である日本語の文章の読み方であり、英語の読み方との決定的な違いである。

英語を読むときも、意識的に日本語を読むときと同じ気持ちにならなければならない。少しぐらい部分にわからないところがあるとしても、テキスト全体が述べたいことを理解していると自覚できれば、それが「わかっている」ということにするのだ。

では全体がきちんと理解できていると「わかる」には、どうすればよいのだろうか。『「わかる」とはどういうことか』(山鳥重、ちくま新書)という本では、どんな時に「わかった」と思うのかの基準について、以下の4つを挙げている。

1. 直感的に「わかる」
2. まとまることで「わかる」
3. ルールを発見することで「わかる」
4. 置き換えることで「わかる」

詳しくは同書を読んでいただきたいが、これは「わかる」のことの核心をついている。このような条件のひとつまたは複数が揃ったとき、私たちは「わかった」と思えるはずである。「直感」「まとまり」「ルール」「置き換え」がキーワードである。

自分がわかっているかどうかをわかるには、上に挙げたような基準を用いればよい。では、他人がわかっているのかどうかをわかるには、どうすればよいのか。しょせん他人のことだから、わかっているのかどうかなどわからないのだが(うーん、ややこしい)、それをなんとか明示化したいとすればどうするか。

文章の場合のひとつの方法は、要約をつくってもらうことである。簡単に要約がつくれるようだと、その人はその文章が「わかっている」と判断できる。もうひとつの方法は、その文章に対して、質問をすることである。内容を聴くのもよいし、「この文章をこんなことをいっていると思いますが、それは正しいですか」などというイエス・ノーの質問でもよいだろう。その人が文章内容がわかっていれば、それらの質問に適確に答えることができることだろう。

実際のところ、例えば大学入試で文章がわかっているかどうかを判定する際には、上に述べた要約と質問形式を用いている。また要約という判定方法は、他人だけではなく自分自身に向けても行うことができる。読んだテキストを要約できるようであれば、そのテキストはわかっていると自分自身で判定してよい。

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