成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

「accounting」と「会計」

2010年12月2日

翻訳テクニックのひとつに、「~ing」のかたちをしている名詞には原則的に「~する」のかたちの使える訳語を当てるというものがある。「~ing」形の名詞はもともと動詞だから、動作としてのイメージを色濃く残している。したがって単なる「意味」ではなくイメージそのものまでを翻訳するとすれば、訳語もまた動作につながるもの、つまり「~する」に対応できるものでなければならない。cooking=「料理(する)」、training=「訓練(する)」、financing=「資金調達[供給](する)」という具合である。

この点からみると、accounting=「会計」という訳語が翻訳としては問題のあることがわかる。「会計する」とはいえないからである。つまりaccountingのなかに含まれている動詞的なイメージがそこには訳されていない。

この結果、会計の専門家ではない日本人の多くが「会計」とはひとつの「体系」であって「処理」ではないと思ってしまった。さらにはtax effect accountingが「税効果会計」、current value accountingが「時価会計」、accounting for the impairment of assetsが「減損会計」と訳されたことで、税効果会計という体系、時価会計という体系、減損会計という体系があるような気になってしまっている。

もちろんそんな「体系」はない。実際にあるのはtax effect accounting=「税法の影響を勘案した会計処理」であり、current value accounting=「(取得原価ではなく)時価による会計処理」であり、accounting for the impairment of assets=「資産の減損のための会計処理」である。つまりすべて「会計的に処理すること」である。

会計の専門家からみればこうした誤解はそもそも誤解するほうがおかしいということになるだろう。しかし「会計」という日本語から「会計的に処理すること」というイメージを読み取ることは基本的にできない。なぜなら日本語では「会計する」とはいえないからである。

となれば、いらぬ誤解を招かぬようにaccountingの訳語は「会計」ではなく「会計処理」にするべきであろう。こうすれば「会計処理する」という表現が成り立つので、accountingのなかの動詞的イメージをそれなりに写し取ったことになる。またこの結果、tax effect accounting=「税効果会計処理」、current value accounting=「時価会計処理」、accounting for the impairment of assets=「資産減損会計処理」となり、誤解の余地は極端に少なくなる。

ただ、こうした提案が会計業界に受け入れられることは、まずあり得ない。権威ある公認会計士として、たとえそれが日本語表現として不適切であっても、やはり「会計」は「会計」である。自分たちの行っていることが「会計」ではなく「会計処理」では、あまりにも安っぽすぎるではないか。

一人の翻訳者としてできることは、accounting=「会計」ではaccountingの知識を広く一般に広めるための弊害となりかねず、日本語の将来のためにもよくないと、今後もいい続けることぐらいのことであろう。何かが変わるとは思わないが、まあいわないよりはまし、といったところか。

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