成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

2つの伝統

2011年5月2日

(以下、引用。五百旗頭真(東日本大震災復興構想会議の議長)の毎日新聞「時代の風」エッセイより抜粋)

国難に直面した時、政争と内戦をやめ、結束して危機に対処する歴史を日本は繰り返してきた。白村江の敗戦の後、大和王朝は唐、新羅の連合軍襲来に真剣に備え、全国から防人を動員した。国家的危機にあって国は割れなかった。モンゴル軍襲来の時も同じである。14万人の大軍の来寇は「神風」によって退けられたと言われる。が、ポイントは、日本国内にモンゴル軍に内応する勢力がなく、鎌倉幕府の下でサムライたちが勇敢に戦い、日本本土に橋頭堡を築かせなかったことにある。
 幕末、幕府にはフランス、薩長にはイギリスがついて危うく見えたが、両勢力とも外国勢力に国を奪われることは注意深く回避した。日本は植民地化されることなく、西洋諸国と並び立つ初めての非西洋国に成長しえたのである。日ごろは政争が絶えなくても、危機を迎えると国の共同利益のために自制し協力することができる。それが日本史のよき伝統である。
 その点、戦前の政友会と民政党の2大政党は悲しい歴史を開いた。両党とも野党に転ずれば、相手を政権から引きずりおろすことに没頭した。互いにスキャンダルを暴露しあう両党に、国民はあいそをつかした。昭和初期の金融危機や対外危機を迎えても、政争を政策的共同対処に優先する悪癖は改まらず、それは2大政党の「死に至る病」となった。今、あまりにも悲惨な国難に直面して同じことが繰り返されないことを期待したい。
(ここで引用おわり)

大震災後の日本を考えるとき、基本的に私は日本が底力をみせて再生すると信じている。五百旗頭氏が語るように、それが日本のよき伝統だからである。しかし、五百旗頭氏が指摘するように、日本にはもうひとつの悪しき伝統がある。戦前の政友会と民政党にみられる2大政党の足の引っ張り合いだ。この「死に至る病」が日本を太平洋戦争へと導いたことは、多くの歴史家が指摘するところである。

いまの日本は、まさにこの2つの伝統のはざまにある。伝統的な日本の再生力がいまも私たちに根付いていることは誰の眼にも明らかである。東北の人々だけでなく日本中の人々、そして企業が被災者のために、東北のために、日本のために何ができるかを真剣に考えている。危機に際して一致団結できること。これこそ日本人が歴史的に培ってきた最大の美点であり強みである。

だがその一方、目先の権力争いだけに終始する2大政党の足の引っ張り合い、そしてそれをスキャンダラスに取りあげるだけのジャーナリズムという、もうひとつの悪しき伝統もまた日本に根づよく残っていることが明らかになった。

現在の政治・ジャーナリズム体制には多くの人々が怒りを覚えるのではなく、嫌気が差しているのではないかと思う。怒るというのは相手に対して自分の憤りを伝えることであるが、そうする気力を持つには相手があまりにも劣悪すぎる。この事態に至っても、政治家は平気で足を引っ張り合い、そしてメディアはそれを面白おかしく煽り立てている。彼らに何をいっても無駄だろうと、つい諦めてしまうのだ。

だが、大切なのはこうした諦めを持たないことである。彼らの存在を不変と捉えてはいけない。日本人が歴史の中でこれからも生き残っていけるとすれば、この病巣を治癒していくしかない。五百旗頭氏のいう「死に至る病」を克服しなければならないのだ。そのためには、一人一人が自分のできる範囲で何かの工夫を重ねていくしかないだろうと思う。私自身についていえば、とにかく諦めないこと、とりあえず政治や報道についても自分の意見を発信していくこと。ここからまずスタートをしたいと思う。

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