成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

どんぐりと山猫

2011年6月28日

おかしなはがきが、ある土曜日の夕がた、一郎のうちにきました。

一郎さま 六月二十五日
あなたは、ごきげんよろしいほでけっこです。
あした、めんどなぎろんしますから、おいでんなさい。
とびどぐ、もたないでくなさい。
                山ねこ 拝

一郎はびっくりしました。山ねこから手紙がくるなんて、はじめてだったからです。でも、一郎はいってみることにしました。

いってみると、草地のまん中に、せいの低いおかしなかたちの男が、膝を曲げて手に革鞭をもって、だまってこっちをみていたのです。

「あなたは、山猫をしりませんか。」

すると男は、横眼で一郎の顔を見て、口をまげて、にやっとわらって言いました。「山ねこさまは、いますぐに、ここに戻っておいでやるよ。」

「ぜんたい、あなたはなにですか。」とたずねますと、男は「わしは、山ねこさまの馬車別当だよ。」と言いました。

そのとき、風がどうと吹いてきて、草はいちめん波だち、別当は、急にていねいなおじぎをしました。

一郎はおかしいとおもって、ふりかえって見ますと、そこに山猫が、黄いろな陣羽織のようなものを着て、緑いろの眼をまんまるにして、立っていました。やっぱり山猫の耳は、立って尖っているなと、一郎がおもいましたら、山ねこは、ぴょこっとおじぎをしました。一郎も、ていねいに挨拶しました。

「いや、こんにちは、きのうは、はがきをありがとう。」

山猫は、ひげをぴんとひっぱって、腹をつき出して言いました。

「こんにちは、よくいらっしゃいました。じつは、おとといから、めんどうなぎろんがおこって、ちょっと仲裁にこまりましたので、あなたのお考えを、うかがいたいとおもいましたのです。まあ、ゆっくり、おやすみください。じき、どんぐりどもがまいりましょう。どうも、いつもこの仲裁でくるしみます。」

そのとき、一郎は、足もとでパチパチ塩のはぜるような、音をききました。びっくりして屈んで見ますと、草のなかに、あっちにもこっちにも、黄金いろのまるいものが、ぴかぴかひかっているのでした。よくみると、みんなそれは、赤いずぼんをはいたどんぐりで、もうその数ときたら、三百でも利かないようでした。わあわあわあわあ、みんな、なにか云っているのです。

「あ、来たな。蟻のようにやってくる。おい、さあ、早くベルを鳴らせ。今日はそこが日当りがいいから、そこのとこの草を刈れ。」

やまねこは、巻たばこを投げすてて、大いそぎで馬車別当にいいつけました。馬車別当も、たいへんあわてて、腰から大きな鎌をとりだして、ざっくざっくと、やまねこの前のとこの草を刈りました。そこへ四方の草のなかから、どんぐりどもが、ぎらぎらひかって、飛び出して、わあわあわあわあ言いました。

馬車別当が、こんどは鈴をがらんがらんがらんがらんと振りました。音は、かやの森に、がらんがらんがらんがらんとひびき、黄金のどんぐりどもは、すこししずかになりました。見ると山ねこは、もういつか、黒い長い繻子の服を着て、勿体らしく、どんぐりどもの前にすわっていました。別当がこんどは、革鞭を二三べん、ひゅうぱちっ、ひゅう、ぱちっと鳴らしました。

「ぎろんも、もう今日で三日目だぞ、いい加減に、なかなおりをしたらどうだ。」

山ねこが、すこし心配そうに、それでもむりに威張って言いますと、どんぐりどもは口々に叫びました。

「いえいえ、だめです、なんといったって、頭のとがってるのがいちばんえらいんです。そして、わたしがいちばんとがっています。」

「いいえ、ちがいます。まるいのがえらいのです。いちばんまるいのは、わたしです。」

「大きなことだよ。大きなのがいちばんえらいんだよ。わたしがいちばん大きいから、わたしがえらいんだよ。」

「そうでないよ。わたしのほうがよほど大きいと、きのうも議長さんがおっしゃったじゃないか。」

「だめだい、そんなこと。せいの高いのだよ。せいの高いことなんだよ。」

「押しっこのえらいひとだよ。押しっこをしてきめるんだよ。」

もうみんな、がやがやがやがや言って、なにがなんだか、まるで蜂の巣をつっついたようで、わけがわからなくなりました。そこで、やまねこが叫びました。

「やかましい。ここをなんとこころえる。しずまれ、しずまれ。」

別当が、むちをひゅうぱちっとならしましたので、どんぐりどもは、やっとしずまりました。やまねこは、ぴんとひげをひねって言いました。

「ぎろんも、もうきょうで三日目だぞ。いい加減に仲なおりしたらどうだ。」

すると、もう、どんぐりどもが、くちぐちに云いました。

「いえいえ、だめです。なんといったって、頭のとがっているのがいちばんえらいのです。」

「いいえ、ちがいます。まるいのがえらいのです。」

「そうでないよ。大きなことだよ。」

がやがやがやがや、もうなにがなんだかわからなくなりました。山猫が叫びました。

「だまれ、やかましい。ここをなんと心得る。しずまれ、しずまれ。」

別当が、むちをひゅうぱちっと鳴らしました。山猫がひげをぴんとひねって言いました。

「ぎろんも、もうきょうで三日目だぞ。いい加減に仲なおりをしたらどうだ。」

「いえ、いえ、だめです。あたまのとがったものが……。」

がやがやがやがや。山ねこが叫びました。

「やかましい。ここをなんとこころえる。しずまれ、しずまれ。」

別当が、むちを、ひゅうぱちっと鳴らし、どんぐりはみんなしずまりました。山猫が一郎にそっと申しました。

「このとおりです。どうしたらいいでしょう。」

一郎は、わらってこたえました。

「そんなら、こう言いわたしたらいいでしょう。このなかで、いさかいをせずに仲なおりをして、東北の復興と原発の安全のためにできるかぎりのことをするものが、いちばんえらいとね。ぼく、お説教で、きいたんです。」

山猫は、なるほどというふうにうなずいて、それからいかにも気取って、繻子のきものの胸を開いて、黄いろの陣羽織をちょっと出して、どんぐりどもに申しわたしました。

「よろしい。しずかにしろ。申しわたしだ。このなかで、いさかいをせずに仲なおりをして、東北の復興と原発の安全のためにできるかぎりのことをするものが、いちばんえらいのだ。」

どんぐりは、しいんとしてしまいました。それはそれはしいんとして、堅まってしまいました。

そこで山猫は、黒い繻子の服をぬいで、額の汗をぬぐいながら、一郎の手をとりました。別当も大よろこびで、五六ぺん、鞭をひゅうぱちっ、ひゅうぱちっ、ひゅうひゅうぱちっと鳴らしました。やまねこが言いました。

「どうもありがとうございました。これほどのひどいぎろんを、まるで一分半でかたづけてくださいました。どうかこれからわたしの国会の、名誉顧問になってください。これからも、葉書がいったら、どうか来てくださいませんか。そのたびにお礼はいたします。」

「承知しました。お礼なんかいりませんよ。」

「いいえ、お礼はどうかとってください。わたしのじんかくにかかわりますから。そしてこれからは、葉書にたなか一郎どのと書いて、こちらを国会としますが、ようございますか。」

一郎が「ええ、かまいません。」と申しますと、やまねこは、まだなにか言いたそうに、しばらくひげをひねって、眼をぱちぱちさせていましたが、とうとう決心したらしく言い出しました。

「それから、はがきの文句ですが、これからは、用事これありに付き、明日出頭すべしと書いてどうでしょう。」

一郎はわらって言いました。

「さあ、なんだか変ですね。そいつだけは、やめた方がいいでしょう。」

山猫は、どうも言いようがまずかった、いかにも残念だというふうに、しばらくひげをひねったまま、下を向いていましたが、やっとあきらめて言いました。

「それでは、文句はいままでのとおりにしましょう。そこで今日のお礼ですが、あなたは黄金のどんぐり一升と、塩鮭のあたまと、どっちをおすきですか。」

「黄金のどんぐりがすきです。」

山猫は、鮭の頭でなくて、まあよかったというように、口早に馬車別当に云いました。

「どんぐりを一升早くもってこい。一升にたりなかったら、さっきのどんぐりもまぜてこい。はやく。」

別当は、さっきのどんぐりをますに入れて、はかって叫びました。

「ちょうど一升あります。」

山ねこの陣羽織が、風にばたばた鳴りました。そこで山ねこは、大きくのびあがって、めをつぶって、半分あくびをしながら言いました。

「よし、はやく馬車のしたくをしろ。」

白い大きなきのこでこしらえた馬車が、ひっぱりだされました。そして、なんだかねずみいろの、おかしなかたちの馬がついています。

「さあ、おうちへお送りいたしましょう。」

山猫が言いました。二人は馬車にのり、別当は、どんぐりのますを馬車のなかに入れました。

ひゅう、ぱちっ。

馬車は草地をはなれました。木や藪が、けむりのようにぐらぐらゆれました。一郎は黄金のどんぐりを見、やまねこは、とぼけたかおつきで、遠くをみていました。

馬車が進むにしたがって、どんぐりは、だんだん光がうすくなって、まもなく馬車がとまったときは、あたりまえの茶いろのどんぐりに変っていました。そして、山ねこの黄いろな陣羽織も、別当も、きのこの馬車も、一度に見えなくなって、一郎はじぶんのうちの前に、どんぐりを入れたますを持って立っていました。

それからあと、山ねこ拝というはがきは、もうきませんでした。やっぱり、出頭すべしと書いてもいいと言えばよかったと、一郎はときどき思うのです。

☆☆☆

(もちろんこれは、宮沢賢治の『どんぐりと山猫』のパロディです。それにしても私たちの国は、賢治のころから何もかわっていないのかもしれません。)

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