成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

キロギ・アッパ

2010年7月20日

<ここから引用>
韓国に「キロギ・アッパ」なる言葉がある。キロギは渡り鳥の雁、アッパは父さん。幼い子供を妻同伴で海外留学させ、自分は残って学費や生活費を稼ぐ。妻子のもとを訪ねるのはせいぜい年1回。そんな父さんを渡り鳥になぞらえる。

教育熱は日本以上という韓国だ。母国語並みに外国語を習得するには、早期留学が一番と、海外に飛び立つ母子が後を絶たない。小中高生の海外留学は年3万人に上る。英語なら米国、カナダや豪州が定番だが、年収との相談でフィリピンやマレーシアなども人気とか。「雁父さん」は社会現象になっている。
(日経新聞「春秋」2010年7月20日より)
<引用おわり>

なかなかに面白い情報だったので少し調べてみた。わかったことは、まず年3万人を超すほどの韓国の子供たちが海外留学をするようになったのはここ数年にすぎないこと。そして実際のところは一部の知識階級とその周辺家族に限られること。まあ、新しくて珍しい現象だからこそ、こんなふうにマスコミにとりあげられるのだろう。

この記事でもうひとつ面白かったのは、このような異常行動をいさめるコメントが見あたらないこと。それどころか、なんとなくうらやましげだ。ひょっとするとこれを書いた記者は、日本人もこうした留学をすべきだとでも思っているのかもしれない。

それにしても「キロギ・アッパ」は悲惨だ。なにしろ妻も子供も海外にいってしまって、その生活費や学費を稼ぐためだけに一人で暮らすのである。健康を壊したり精神的におかしくなったりするケースも数多いという。

そこまでして息子や娘を「英語人」にしたいというのは、なぜなのだろうか。韓国では英語が使えるということがそれほどまでに有利なのだろうか。また韓国内では英語がマスターできないのだろうか。あるいは他になにか原因があるのだろうか。

小さな子供のうちに外国にいくのは「留学」ではなく「移住」である。だからそのまま米国にずっと住んでいれば韓国人ではなく米国人になる。実際のところそうした子供のほとんどが実質的には米国人になってしまうようだ。当たり前のことである。だが自分の子供たちが韓国人ではなく米国人になることを、キロギ・アッパやその妻たちは、はたして本当に望んでいたのだろうか。そこのところが、もうひとつよくわからない。

グローバル化が自国の言語や文化を捨て去ることとイコールではないことは、冷静に考えさえすれば誰にでもわかることだ。そうした冷静な思考ができなくなるほどの状況に、いまの韓国は置かれているということなのかもしれない。いや他人事ではない。日本だってほぼ同じような状況だ。そのうちに日本版「キロギ・アッパ」が続々と生まれてきてもちっともおかしくはない。

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