成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

グロービッシュ

2010年12月21日

グロービッシュ(Globish)をご存知だろうか。元IBM社の重役でフランス人のジャン・ポール・ネリエール(Jean-Paul Nerrière)が考案した国際共通語のことである。最近「ニューズウィーク」や「週刊東洋経済」で大きくとりあげられたので、ご存知のかたも多いかもしれない。

グロービッシュの言語面における特徴は、単語数を1500語だけに絞り込んだこと、文法や発音をできるかぎりシンプルにしたことなどだが、重要なポイントはそうした言語的特性にあるのではない。もしそうであれば、グロービッシュもオグデンのベーシックイングリッシュにはじまる数多くの簡易英語の一変種にすぎない。

グロービッシュの最大の特徴は、提唱者のネリエールがそれを英語「ではない」と規定しているところにある。ネリエールは次のようにいう。

It is very important that the Globish name is not “English for the World” or even “Simple English.” If its name were any kind of English, the native English speakers would say. “OK, we won. Now all you have to do is speak better English.” Without the name Globish, they will not understand it is a special kind of English, and it is no longer “their” English.
(Globish The World Over, Jean-Paul Nerrière and David Hon,より抜粋)

「とても重要なことは、グロービッシュは“ワールドイングリッシュ”でもなく“シンプルイングリッシュ”でもないということだ。グロービッシュが英語なのであれば、英語ネイティブたちは「それなら私たちのものだ。君たちがしなければいけないのは、もっと英語がうまくなることに尽きる」というだろう。もしグロービッシュという名前でなければ、彼らはそれがまったく特別な英語なのであり、そして、彼らのものではないということを理解しないことだろう。」

ここでネリエールがいいたいのは、グロービッシュは“不十分な英語”ではなく“十分な国際共通語”だということである。したがって英語のネイティブもまたグロービッシュを学ばなければならない。そうでないと、現在の世界人口のわずか12%しか占めていない英語ネイティブたちは、残り88%の英語ノンネイティブたちとうまくコミュニケーションができないことになる。実際、英語ネイティブ同士のコミュニケーションは国際コミュニケーションのわずか4%を占めているにすぎないという調査結果が出ている。残りの96%の国際コミュニケーションは英語ノンネイティブが一人以上いる状況でなされており、そこでの共通語となるのがグロービッシュなのである。ネリエールはこういう。

We want everyone to able to speak to and understand everyone. There is a middle ground, but the native English speakers are not the one drawing the borders. And because you may not be able to say this to a native speaker, who might not to able to understand – we will say it here.

「世界中の誰もがお互いに話しあうことができ、わかりあえるようになりたいものである。そのためには共通の言語が必要だ。だがその言語がどのようなものなのかを決めるのは英語ネイティブではない。ところが英語ネイティブたちにはそのことがわからないかも知れない。そこでそのことを彼らにうまく伝えられないかもしれない皆さんのために、我々がここでそれを主張していきたいのである。」

すでにお気づきのかたが多いと思うが、ネリエールの主張は私の主張とほぼ同じである。ネリエールはそれをグロービッシュと呼び、私はそれをジャパニーズイングリッシュと呼んでいるにすぎない。いずれも中核となる思想は、これからの国際共通語の規範は英語ネイティブが決めるのではなく、世界のみんなが納得できるかたちで決めるべきだということである。

さてグロービッシュは、これから普及していくのだろうか。まず提唱者のジャン・ポール・ネリエールがフランス人で元IBM社の重役であるという事実は、今後のグロービッシュの普及に大きな役割を果たすだろう。これが私であるとかインドネシアの教育者とかであれば、そうはいかない。また米国の世界支配の衰退と中国やブラジルの勃興がはじまっており、これが英語に代わる国際共通語を強く求める声につながっていくとも思われる。そうした点を鑑みると、これまでのエスペラントやベーシックイングリッシュとは違って、グロービッシュは普及するかもしれない。

その一方で、当然のことながら英語ネイティブ陣営からの猛烈な反発や批判が予想される。ここでの「英語ネイティブ陣営」とは、たんなる英語ネイティブという意味ではなく、英語が世界共通語であることによってメリットを享受できる人々のことである。英語教師は、グロービッシュが普及してしまえば自分たちのスキルが無用になってしまうという点において、その最前線に立つ存在である。

したがって、グロービッシュに対する英語教師の反応は一般的に無視または批判になるであろうと思われる。たとえば、日本の英語教師の反応を実際にグーグルで少し調べてみたところ、そもそも絶対数がきわめて少ないうえに(ひょっとしたら存在を知らないのだろうか)、内容のほとんどは批判的か懐疑的であった。いっぽう、肯定的なコメントの多くは英語教師以外の人たちからのものであったが、彼らはグロービッシュによって既得権益を失わないのであるから、当然のことである。

英語教育という観点からみると、たとえばだが、グロービッシュを使ってのプレゼンテーションのトレーニングプログラムという切り口が考えられる。国際共通語でプレゼンができるようになれば、その後の学習の大きなはげみになるだろうし、なによりも、きわめて実利的である。こうしたプログラムの開発を、今後は具体的に考えていきたいと思っている。

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