成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

上達するには優れたコーチと仲間が必要

2010年11月12日

いまから30年ほど前になるが、都立高校の教師をしていたことがある。最初の赴任先は、あまり勉強のできる学校ではなかった。しかし生徒たちはずいぶんと気のいいやつらで、とても楽しくすごさせてもらった。

いちおう英語の教師だったが、生徒たちの中学時代の英語の成績はだいたい2か3で、なかにはアルファベットの書けない生徒もいた。というわけで、自然と英語教師というよりは、クラスの担任と柔道部の顧問としての役割が教師稼業の中心になっていった。柔道部の顧問というのは自分から望んだのではなく、ほかに誰も引き受け手がいなかったので、新任の私にお鉢が回ってきたのだ。

柔道は高校のときにやっていただけで専門ではないが、もともと体育大学にいこうと思っていたほどのスポーツ好きだから、生徒たちとガンガン稽古をするのはとても楽しかった。なにしろまだ20代である。体力はありあまっていた。

やりはじめると、とことんやりたくなる性分でもあり、少なくとも多摩地区の高校ではトップクラスの柔道部にしてやろうと思い、毎週のように生徒をひきつれて他の高校に出稽古に出かけた。その後世界チャンピオンになって現在プロレスラーであるO君のいたH高校にもお邪魔して稽古をつけていただいた。最初はあまりの厳しさに練習が終わるとげーげー吐いていた生徒たちも、そのうちに慣れてきて厳しい練習についていけるようになった。そうしたなかから、わが柔道部でも多摩地区で優勝できる選手がわずかながら育ってきた。結局、多摩地区トップクラスの柔道部になるという目標には達しなかったが、それなりの成果は残せたといえそうである。なによりも生徒たちが柔道をつうじて大きく成長してくれたのが、たいへんに嬉しかった。

私自身にとっても、柔道部の顧問兼コーチとして仕事をした経験はかけがいのないものである。たとえば強豪校に出稽古にいってまず驚いたのは、練習メニューが我々とまったく同じだったことである。やっていること自体は弱小チームである我々と違わないのだ。出稽古にいく前には、強豪チームであるからには特別のことをしているのではないかと思っていた。しかしそんな「秘密の特訓」など何もないのである。基本動作の確認からはじまり実践練習にいたるまでベーシックなトレーニングが積み重ねられているだけなのだ。

しかしそのなかで弱小チームである我々とは明確に違うことが2つあった。コーチングのレベルの高さと稽古仲間のレベルの高さである。

まずコーチングのレベルの高さだが、上述のH高校の柔道部顧問の先生は学生時代に全日本チームに選ばれていた。口数こそ少なかったが、生徒たちへのアドバイスはきわめて正確だった。いっぽう私は高校時代に3年ばかり柔道をかじっただけである。柔道理論は勉強したものの、本質的な部分がわかっていないとひしひしと感じた。柔道のような個人格闘技では自分自身がある程度の高みにまでいかないと見えてこないものが確かにある。その先生と私とのコーチング力の差は埋めようのないものだった。

つぎに稽古仲間のレベルの高さだが、実際のところ強豪校へ一日出稽古にいくだけで自分の学校で1か月稽古をするよりも生徒たちの力は伸びる。個人の努力の差ではない。環境の差だ。それほどまでに練習環境は大切なのである。

このことからわかるのは、なにかに上達しようと思えば優れたコーチと優れた仲間を得ることが最良だということである。そうすれば同じ努力をしても格段の成果が得られる。またコーチのほうからみれば、よいコーチングをするには自分自身がよいプレイヤーでなければならないということである。こうしたことを身をもって実感できたことは、いまでも私にとっての大きな財産である。

上達するには優れたコーチと仲間が必要ということは、英語や翻訳の世界にも通じることだろう。柔道のコーチをすることはもうないだろうが、この経験を現在の仕事にいかしていきたいと思う。

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