成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

共鳴

2010年6月7日

一般的にいえば英語ネイティブの声は日本人よりもよくとおる(もちろん個人差はきわめて大きい)。電車に乗っていても英語での話し声は耳障りなほどに聞こえてくる。居酒屋で英語ネイティブの横に座るとうるさくて仕方がない。私はイギリスにいったことがないが、イギリスのパブのうるささはハンパなものではないのではないか。ラグビーやサッカーの大観衆の大合唱もいちど聞いてみたい気がする。

彼らの声がよくとおる理由は、日本語ネイティブよりもカラダでの声の「共鳴」(resonance、レゾナンス)がよくできているからである(もちろん大きな個人差がある)。

人間の声の共鳴とは声にあわせて体を同時に振動させることである。バイオリンやチェロの弦の音をボディで共振させるのと同じことだ。そうすることで喉や口でつくった音のボリュームや音色を大きく変えることができる。

問題はそれをいかにしておこなうかにある。バイオリンやチェロのボディとは違って、人間の体はじつに複雑にできている。手足は骨と筋肉であり、お腹には内臓がつまっており、胸は肋骨でくるまれ、頭は頭蓋骨という固い容器で守られている。こうしたさまざまな材質や形状の部位のどの部分をどのように共振させるのかが大きな問題なのだ。

「腹式呼吸」のところでも述べたが、そもそも日本人は欧米人とは違って大きな声を出すことには慣れていない。なるべく大きな声を出さないで奥ゆかしく生きていくことを選んできた民族なのである。それがなんの因果なのか、現代社会では大きくてよく響く声を出すことのほうが高い評価を得るようになってしまった。とくに英語を話す場合にはそれが強く求められる。まったく困ったものだ。

では、どうするか。ちまたにはボイストレーニングの教室がたくさんあるので、そこにいってみるのもひとつの方法だ。体のさまざまな部位をうまく共鳴させるためのプラクティカルな方法、あるいはスピリチュアルな方法を教えてくれるはずである。うまく相性さえあえば、それなりの授業料と引き換えに、大きな成果を得ることができるかもしれない。

だがもっと簡便で安上がりで、そして時によってははるかに有効な方法は、ボイストレーニングの本をまず読んで、そのうえで自分なりにボイストレーニングをおこなってみることである。

自己トレーニングが有効な理由は、ふたつある。ひとつは、自分の体や声のことは結局のところ自分にしかわからないからである。ある意味で自分にしかできない声の出し方、共鳴の仕方というものがあるはずである。もうひとつは、あせらずにすむということである。教室にかよってしまうと、どうしても目標ができていまいがちだ。そしてうまくいかないと、自分自身のふがいなさを責めたりもする。だが、たかが声の出し方ぐらいで自分自身を責めたりするなどというのは、じつに馬鹿げたことだ。

一年、二年、いや十年、二十年かかっても、いいではないか。とにかく自分なりに納得のいくまで、ゆっくりと自分の声の出し方をトレーニングしてゆけばよい。そうして共鳴がうまくいくようになれば、それはそれで儲けものであるが、べつにうまく共鳴できないからといって英語がうまく話せないわけではない。英語ネイティブのなかにも共鳴がうまくできていない人は多い。

歩き方や身振りなどもそうであるが、自分自身の体の動きをチェックすること自体、とても面白い作業である。長年にわたっていろいろと試行錯誤していると、あるとき、ああそうだったのか、と急に気づくことがあったりもする。そんなときは、じつに嬉しいものだ。どうか十分に楽しんでやってもらいたいと思う。

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