成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

前置詞ではなく前置詞用法

2011年7月18日

道中記「動詞でなく動詞用法といおう」では動詞や名詞という「品詞」が存在するのではなく動詞用法や名詞用法という「用法」が存在することを説明した。ここでは前置詞という「品詞」についても説明しておく。動詞や名詞と同様に、前置詞という「品詞」もまた存在しない。実際に存在するのは、前置詞「用法」である。

たとえば、overという語には前置詞用法のほかに、副詞用法があり、形容詞用法がある。in, on, off, out, across, through, alongといった語にも、前置詞用法とともに副詞用法などがある。いっぽうで、at, of, for, to, intoといった語には前置詞用法だけしかない。ようするに、それぞれの語によって許容する用法の広さは異なる。ひとつの用法しか許容しない語もあるが、複数の用法を許容する語もある。英語の語には「名詞」「動詞」にかぎらず「前置詞」という品詞も存在しないと考えるべきである。

前置詞という品詞が存在すると考えてしまう背景には英語と日本語との一対一対応、つまり直訳という悪弊がある。英語のover, in, on, out, acrossを日本語の「向こうに」「中に」「外に」「横切って」と対応させてしまうのである。しかしoverに形容詞用法はあっても日本語の「向こうに」は形容詞にならない。これはwaterに動詞用法はあっても「水」は動詞にならないことと同じである。

こうした説明に対して違和感を持つ人も少なくないことだろう。英語に名詞や動詞や前置詞といった品詞が存在しないという考え方はあまりに「非常識」と感じるかもしれない。

だが、それを非常識だと考える「常識」こそが、日本人の正しい英語理解をさまたげてきたのである。日本語と英語には本質的に異なる部分がある。ここでは「かたち」を優先する日本語と「位置」を優先する英語の違いがそれにあたる。その本質的な差異を考慮せずに盲目的に一対一対応をさせてきたのが明治以降の英語理解であり、そして英語教育であった。敢えていわせていただければ、これまでの英語教育の常識こそが、非常識なのである。その根源的な過ちを直さないかぎり、日本人の英語理解は深まらないはずである。

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