成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

前置詞句≒動詞句

2011年8月4日

先の道中記では、いわゆる「前置詞」が同じかたちのままで「副詞」や「形容詞」にもなることをご紹介した。それを「前置詞という“語”があるのではなく前置詞という“用法”がある」と解説した。べつの言い方をすれば、英語の「前置詞」とは「実体」ではなく「概念」である。ゆえに、たとえばoverという実体語に対して「前置詞」「副詞」「形容詞」という複数の概念を対応させることができる。

しかし日本語はこうはいかない。たとえば、英語ではlightは概念として「名詞」にも「動詞」にも「形容詞」にも「副詞」にもなるが、日本語の「ひかり」はあくまでも名詞である。動詞にするには「ひかる」へと、かたちを変えなければならない。日本語ではかたちの区別そのものが品詞の区別である。

ここまでが183の復習である。ここからは英語の前置詞について別の視点から考察してみよう。すなわち前置詞句(前置詞+名詞)と動詞句(動詞+名詞[目的語])との近接性についてである。

たとえば、overという「前置詞」を辞書で調べてみると、前置詞用法・副詞用法・形容詞用法のほかに動詞用法もあることがわかる。またupやdownにも動詞用法がある。そのほかの前置詞句をみても、across the river(川を横切って)、into the city(町に入って)、against the proposal(提案に反対して)、through the forest(森を通り抜けて)のように前置詞=動詞、名詞=目的語というかたちで機能している。すなわち前置詞句(前置詞+名詞)と動詞句(VO)とは機能的にみれば同一のものである。

具体的な例でみてみよう。The dream is over.といえば「その夢は終わりだ。」であり、終わったのはdreamである。つまりoverされたのは主語のthe dreamであり、is overはいわば自動詞の役割を果たしている。一方、The dream is over the sea.では「その夢はその海を越えた」であり、overされたのはthe seaである。ここではis overはいわば他動詞の役割を果たしており、the seaがその目的語である。同様に、The switch is off.(スイッチは切れている)ならばis offは自動詞の役割、He turns off the switch.(彼はスイッチを切った)ならturn offは他動詞の役割をしている。

とすれば前置詞句を動詞句のように訳すことは不自然ではない。たとえばThe man walked over the hill, across the river and into the city. を「男は歩いた。丘を越え、川を渡り、そして町へと入った。」と訳すことはきわめて自然である。同様に『雪国』の出だしの翻訳として有名なThe train came out of the long tunnel into the snow country. (サイデンステッカー訳)を「汽車は長いトンネルを出た。そして雪国へと入った。」と反訳することも自然である。

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