成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

文体脂肪率

2010年6月13日

ダイエットにご興味のある方は多いことだろう。私もときどきダイエットするが、体がすっきりすると頭もすっきりする。ダイエットは健康だけではなく勉学や仕事にもよいようだ。ただしやりすぎにはご注意を。

さてここからは体でなく文章のダイエットについて考えてみよう。体と同様に文章にも余計なものがついているのはよくない。書くうえでなによりも大切なのは無駄をなくすことだ。表現の巧拙はそのあとのことである。文章の無駄というのは予想以上にあるもので、見直せば見直すほど、かなりの部分を削ることができる。

こうした文章の無駄な部分を脂肪になぞらえて、体脂肪率ならぬ「文体脂肪率」というアイデアを考え出したのがUCLA教授のRichard A. Lanhamである 。教授のいう文体脂肪率とは以下のようなものである。

<文体脂肪率の定義>
もとのセンテンスのワード数から書き直したセンテンスのワード数を引いた数を、もとのセンテンスのワード数で割る。

具体例でみてみよう。

The history of new regulatory provisions is that there is generally an immediate resistance to them.
(新たな監督規制の歴史は一般的にそれらに対する即刻の反抗があるということである。)

このセンテンスのワード数は16だ。これを以下のように書きなおしてみる。

People usually resist new regulations.
(新規制に反対はつきものだ。)

書き直したセンテンスのワード数は5である。したがって、もとのセンテンスの文体脂肪率は69%である(16-5=11、11÷16=0.6875)。Lanham教授の意見では文体脂肪率30~50%ぐらいが読みやすいセンテンスだというから、このセンテンスはずいぶんと太りすぎである。

上記の2つのセンテンスに日本語訳をつけておいた。もとのセンテンスはいわゆる直訳式、書き直しのセンテンスはいわゆる意訳式である。この2つの訳文を使って、こんどは日本語での文体脂肪率を算定してみよう。日本語の場合にはワード数とはいかないので、文字数でみてみることにする。

もとのセンテンスの訳文の文字数は38、書き直しセンテンスのほうは12である。したがって、もとの文の文体脂肪率は68%である(38-12=26、26÷38=68.42…)。英語での数値とほぼ同じぐらいであり、明らかに太りすぎである。

一般に直訳式の翻訳文は文体脂肪率が高い。つまり太りすぎである。これをダイエットさせるには、訳文を最初からいじるのではなく、まず原文をスリムに書き直してみるという手がある。文学作品には使えないが、一般英語テキストであれば十分に使える手だ。そうしてから、さらに直訳式ではなく意訳式で訳すと、訳文はずいぶんとスリムになる。

さてここからは翻訳の実務の話になる。もし私が上記の英文の翻訳を頼まれたとすると、その訳文としては書き直したセンテンスのものを使う。つまりこういうペアである。

The history of new regulatory provisions is that there is generally an immediate resistance to them.
(新規制に反対はつきものだ。)

問題は、こうした訳文が実際のビジネスとして通用するのかということである。この点については、私の経験からすると、領域によって状況が大きく異なる。

まず法律文書や行政文書の翻訳の場合、この訳文はほぼ間違いなく通用しない。法律や行政の文書については直訳調でなければならないのだ。いいも悪いもなく、そういうものなのである。

つぎに学術系文書の翻訳だが、これは意外とスムーズに受け入れられる可能性が高いように思う。実際のところ、私はおもに学術系の翻訳を手がけているが、こうした翻訳手法を使ってクレームを受けるケースはあまりない。まあクレームをつけるようなところは、そもそも私になど翻訳を頼まないのかもしれないが。

ジャーナリズム系文書も、学術系とほぼ同様と考えればよいだろう。さらにビジネス系文書の翻訳では、間違いなく通用するはずだ。逆に直訳調のほうが嫌がられるのではないだろうか。

まとめていえば、実際の翻訳ビジネスの現場でも法律や行政といった一部の領域を除けば、上で説明したような翻訳のやり方が通用しないケースはそれほど多くないということである。したがって翻訳者としてはあまり自己規制をかけないで、上質の日本語を生み出すことのみに全力を注げばよいと思う。

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