成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

有声音、無声音

2010年5月31日

日本語や英語の発音には「有声音」と「無声音」との区別がある。たとえば日本語では「か」が無声音で「が」が有声音だ。そのほか「ぱ」と「ば」、「た」と「だ」などのペアをイメージしてほしい。英語ではpitとbid、cutとgodなどが無声と有声の区別である。

ただしすべての言語に有声音と無声音の区別があるわけではない。韓国語には有声音と無声音の区別はなく、そのかわりに日本語にはない「有気音」と「無気音」の区別がある。言語というのは千差万別なのである。

当たり前だが、有声とは声があることで、無声とは声がないことである。でも声がなくてなぜ聞こえるのかと、大学生のときに音声学の先生に真剣にたずねたことがある。すると先生は、私に少し近寄ってきて「こんなふうに聞こえるんですよ」と「ささやいて」くれた。そう、ささやき声は基本的に無声である。つまり有声音とは声帯を使って出す音のことである。無声音は声帯を使わない音である。

楽器でいえば、リードを利用して音を出すクラリネットやオーボエは「有声」の楽器である。とくにオーボエは声帯と同じように2枚のリードで音を出すダブルリード式だから、人間の声の出し方に近い。いっぽうフルートや尺八はリードを使わずに息の流れだけで音を出すので、「無声」の楽器といってよい。

さてこの観点からの日本語と英語の比較をしてみると、有声母音中心の言語である日本語は、無声子音中心の言語である英語にくらると、有声音の使用頻度がはるかに多い。つまり日本人はつねに声帯を使いながら話しているのだ。

したがって日本語で大声で話し続けると声つまり声帯に大きな負担がかかり、場合によってはひどく傷つく。明石家さんまの声がその代表例である。いっぽう英語の場合には、大声で話しても声帯にそこまでの負担がかからない。そのため、よほどのことがないかぎり、ただ話しているだけでは、さんまのような声にはならない。

日本人が英語を話すときには、日本語のクセにひきずられて声帯を使いすぎる傾向がある。そのために声帯を痛めてしまうケースもみられる。英語は「のど」でなく「いき」で話すようにとの指導の仕方をすることがあるが、これはそうした弊害を取り除こうという意図である。

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