成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

洪庵先生の教え

2010年5月19日

今日の毎日新聞(2010年5月19日)の「余禄」は以下のような文章から始まっている。

(ここから引用)
「医の世に生活するは人の為のみ、己が為にあらずということを其業の本旨とす。安逸を思わず、名利を顧みず……人を救わんことを希うべし。人の生命を保全し、人の疾病を復治し、人の患苦を寛解するの外他事あるものにあらず」
これは幕末の蘭方医・緒方洪庵がドイツの医学者フーフェランドの「医師の義務」を抄訳した「扶氏医戒之略」の冒頭だ。「医は仁術」の掛け声とはうらはらに無能で強欲な医者が横行した江戸時代にあって、西洋医学はその倫理面でも心ある医者を魅了したという。
ひたすら病者を見ろ、貴賤貧富を顧みるな、病者を決して手段としてはいけない、病者の金銭的負担を思いやれ、病者の秘密を知る者は沈黙すべし――こうした戒めを記す「医戒」は職業倫理に基づき専門知を駆使する専門職の自律と矜持を日本の医学界に教えた。
(毎日新聞 2010年5月19日 「余禄」より引用)

上の文章のなかの「医」の文字を「教育」に変え、「病者」を「生徒」に変えると、次のようになる。

(ここから変えた文章)
「教育の世に生活するは人の為のみ、己が為にあらずということを其業の本旨とす。安逸を思わず、名利を顧みず……人を救わんことを希うべし。」(略)
ひたすら生徒を見ろ、貴賤貧富を顧みるな、生徒を決して手段としてはいけない、生徒の金銭的負担を思いやれ、生徒の秘密を知る者は沈黙すべし――こうした戒めを記す「教育戒」は職業倫理に基づき専門知を駆使する専門職の自律と矜持を日本の教育界に教えた。
(変えた文章終わり)

もちろん日本の英語教育界にも緒方洪庵にあたる人物がいたに違いない。だがそれが誰であるかを知っている英語教育関係者はどのくらいいるのだろうか。

「医は仁術」であるように「教育は仁術」である。当然のことだ。その当然のことが忘れ去られてしまった。たしかにこれはタテマエである。だがこのタテマエを忘れないことが医者や教育者の第一の務めなのではないか。そしてそれが「職業倫理に基づき専門知を駆使する専門職の自律と矜持」を生み出すのではないか。

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