成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

科学的二枚舌

2011年8月22日

今回の原発事故で日本の原子力科学への信頼は根底から崩れ去った。それには明確な理由がある。すなわち原子力関係の科学者の一部に知的能力と精神的誠実さに欠ける人間が存在するということである。その端的な例が紹介されているブログ(http://ex-skf-jp.blogspot.com/2011/08/blog-post_9917.html#comment-form)を見つけたので、ここにご紹介する。このブログはアメリカ在住の日本人の方が運営されているもので、最初につぎのコメントが載っている。

(以下、引用)
このブログはアメリカから書いています。日本の震災・福島第1原発関連で、アメリカ、ヨーロッパの諸外国の、日本ではあまり報道されない、あるいは都合の良い部分しか報道されないニュース、データ(ごまんとあります)それと、日本でほとんど大手マスコミに登場しない日本語のニュースを掘り出してお届けしています。時には、日本の大手のニュースでも日本語版と英語版がまったく違っていたりもします。
もともと金融経済のブログの日本語版として書いていたものですが、今回の震災、特に福島第1原発の報道があまりに日本と諸外国とかけ離れているのに驚き、日本の方々がご自身で状況を判断できるように、色々な情報源からのニュース、コメントを出来るだけお出ししたいと思います。
(引用おわり)

ブログで紹介されている記事は、ドイツの『シュピーゲル』誌(以下、シュ)のインタビューに対して放射線研究の第一人者とされる長崎大・福島医大の山下俊一教授が答えているものである。以下、その一部を抜粋する。

(以下、引用)
シュ:住民がリラックスしやすいようにと、年間100ミリシーベルト被曝しても大丈夫だともおっしゃっている。通常それは原発労働者の緊急時の被曝上限だと思うが。

山下:100mSvでも大丈夫だから心配いらない、などとは言っていません。ただ、100mSv未満ではがん発症率の上昇が証明できていない、と話しただけです。これは広島、長崎、チェルノブイリの調査から得られた事実です。

(略)

シュ:住民ははっきりした答えを知りたがっている。どこまでが安全なのか。どこからが安全でないのか。

山下:そういう答えはありません。「100mSvまでなら100パーセント安全なんですか?」と尋ねられたら、科学者としてこう答えるしかないのです。「わかりません」と。

(略)

シュ:あなたはご自身の数々の発言のため世間で物議をかもしている。あなたを刑事告発したジャーナリストがいるし、反原発の活動家は……

山下:……そういう人たちは科学者ではありません。医師でもなければ放射線の専門家でもない。研究者が研究を積み重ねてきめた国際基準についても何も知りません。皆さんが噂や雑誌やツイッターの情報を信じているのを見ると悲しくなります。

(略)

シュ:原発周辺の住民には放射線によるどのような健康リスクが考えられるのか。

山下:周辺住民に放射線による直接的な影響が生じるとは思いません。線量が小さすぎます。

シュ:では、がんもがん死もまったく起きないと?

山下:データに基づいて考えればそうなります。もちろん原発作業員の場合は別です。
(引用おわり)

ここでの山下氏の主張の骨子は次の3つである。

1. 100mSv未満ではがん発症率の上昇は証明できていない。ただし100mSvまでなら100パーセント安全かと尋ねられたら、科学者として「わからない」と答えるしかない。

2. 今回の事故で周辺住民に放射線による直接的な影響が生じるとは思わない。データに基づいて考えると、ガンもガン死も起きない。

3. 科学者以外の人間の発言は信用してはならない。

1と2は矛盾している。1で主張するように100%安全かどうかは科学者として「わからない」と答えるのであれば、今回の原発事故の影響があるかどうかについても科学者として「わからない」と答えなければならない。3についてはたんなる偏見としかいいようがない。

この山下氏の発言は一部の科学者たちの知的能力の低さと精神的な卑劣さをあらわすものである。まず上に指摘したあきらかな矛盾点を自分でチェックできるだけの知的能力を彼は持っていない。一方で彼は自分にとって都合のよい部分だけに「データに基づいて」という客観的な装いをほどこしている。「データに基づいて」は、こうした科学者にとって都合の良い逃げ口上である。あとでガンやガン死の発生が増えたとしても、「当時はデータがまだ不十分であった」といってしまえばよいのである。さらに彼は科学者以外の人間を蔑視することで自分の論の正当化を図ろうともしている。卑劣といわざるをえない。

最大の問題は、こうした知的能力の低さと精神の卑劣さを彼自身が気づいていない点にある。おそらくご本人は自分が社会のために正しいことをしているのだと思い込んでいるはずである。なぜなら自分は放射能の専門家であり、そしてなによりも「科学者」だからである。

科学が人類にとってきわめて大切ものであることはいうまでもないが、しかしその科学も使いようによっては大きな罪悪をもたらす。なかでも問題なのは、科学の持つ限界性をうまく言い訳にしながら、もう一方で科学の客観性や優位性を全面に押し出して自分の主張を押し通すという「科学的二枚舌」の存在である。優れた科学者はそうしたことは絶対にしないが、どの分野でも優れた人物は一握りにすぎず、大半は普通の人々であり、そして残りの一握りが必ず劣悪な人々である。今回の原発問題では山下氏のような劣悪な一握りの科学者が前面に出てきてしまった。

今後、私としては山下氏のような人物ではなく本当に優れた科学者の皆さんからの意見をぜひ伺いたいものである。今回の事故に関して積極的に発言されている科学者の方をまだあまりお見かけしない。自分とは畑違いの分野のことだから発言を控えておられるのかもしれないが、それはおかしい。今回のことは原子力の専門知識うんぬんとは関係がない。今回の事故はそういったレベルの話ではない。逆に今回の原発事故を本当の意味で考察するには原子力の専門知識などないほうがかえってよいのではないだろうか。原子力というものを科学としてこれからどう扱っていくのかを科学界全体の課題としてぜひ討議して深めていってもらいたいと思う。

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