成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

経済物理学

2011年2月7日

先に経済学の新しい理論としてのゲーム理論をご紹介したが、現在の経済学ではそれ以外にも従来の理論と根本的に異なる理論が登場してきている。その代表格が行動経済学と経済物理学だ。ここではそのうちの経済物理学について取りあげてみる。というのも、いまちょうど日経の経済教室のコラム「やさしい経済学」で京大の青山秀明さんが「経済物理学への招待」というテーマで執筆しているからだ。

経済物理学は統計物理学の手法を経済に応用したものであるが、その根底には物理学におけるニュートン力学から量子力学への発展がひそんでいる。経済学とは一言でいえば人間の経済活動をモデル化(理論化)したものであり、そして従来の経済学においてそのモデル化のお手本となっているのがニュートン力学である。このモデルでは、まず確固たる主体がたしかに存在するとする。物理学でいえば物体であり、経済学でいえば個人である。そしてその間での相互作用について外部からの影響も考慮にいれながらモデルを構築していくのである。その結果として生まれたのが、「もの」の世界ではニュートン力学理論であり、「ひと」の世界では古典経済学理論というわけだ。

だがニュートン力学の完成は300年以上も前のことであり、その後、特に20世紀初頭からは新しい物理学理論が登場してきた。アインシュタインの相対性理論であり、ボーアたちのつくった量子力学である。これらの物理学理論はニュートン力学とは発想そのものが異なり、たとえば量子力学では物質は粒子であると同時に波でもある。また古典的物理学では単一主体を中心に理論を組み立てていたが、新しい物理学では多数の異質な主体があることを前提として理論を組み立てている。そしてそのための道具として統計という新しい数学手法を駆使している。

こうした動きから派生的に出てきたのが経済物理学という学問だ。新しい物理学の手法を経済学の世界にも応用していこうというのである。ちょうど300年前に物質世界の理論であるニュートン力学を人間社会の理論に応用しようとしたのと同じである。

ところが既存の経済学の業界はこうした新しい動きを拒否する態度をとった。上記のコラムで青山さんが書いているように、権威ある経済学雑誌はそうした研究を「経済学の思考枠から外れる」ものとして論文の掲載を認めようとしなかった。

ではなぜ物理学では革命的な進歩が起こったのに経済学ではそうならなかったのか。物理学者にくらべると経済学者のほうが頭が悪いからか。それもあるのかもしれないが、しかし最も大きな原因は検証可能性の有無にあるだろう。物理学の世界では新しい理論は実験で検証することが可能である。たとえば量子力学においては物質は粒子であると同時に波であり、それがどこに存在するかも確率的にしか説明できないという破天荒な考え方を前提とする。これはアインシュタインでさえも否定した考え方である。しかしその後の実験による検証で実際にそうであることが証明され、いまでは量子力学を正しい理論とみんなが認めている。実験で検証されることで正しさが証明されたわけだ。

しかし人間や人間の社会を扱う経済学では物理学のような実験による検証は不可能である。検証するにしても現実社会の動きと理論とを照合して適合性を調べるだけである。いうまでもなく現実社会の動きは歴史的・文化的なものであり、たとえ歴史的・文化的な動きが理論と合致したとしても、その理論がその現実に対して正しいとはいえても、「すべての」現実に対して正しいということはできない。ようするに経済学理論が物理学理論のような正しさを持つことは決してあり得ない。

であれば経済物理学のような新しい動きも経済学が柔軟に受け容れていけばよさそうなものだが、そうはなかなかいかないのが人間というものだ。ニュートン力学の応用である古典派経済学の市場理論を数百年も基盤としてきたものだから、経済学の世界では“破天荒な”考え方を受け入れ難い体質ができてしまった。一方、実験による検証も不可能だから、破天荒な考え方を提唱するほうも、その壁を打ち破ることができなかった。こうして経済物理学にしても行動経済学にしても、単なる異端として存在が許されるにすぎなかった。

そうした状況がようやく打ち破られようとしているのである。もちろん経済物理学にしても行動経済学にしても以前から研究が進んでいたのだが、このように状況を動かすきっかけとなったのは、やはり今回の金融危機とそれに伴う世界経済危機の勃発だろう。従来の発想にこだわっていると最終的に破局に陥るかもしれないという危機感が既存の専門家のなかにもようやく生まれてきたのではないかと思う。その意味では経済研究の分野での現状は明治維新前の日本に似ていなくもない。ひょっとすると坂本龍馬のような人物がいま世界のどこかで活動しているのかもしれない。

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