成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

翻訳論議に共通基盤を

2011年7月25日

前回の道中記では、文芸翻訳と実務翻訳とでは現在の状況および抱えている課題が違うために、なかなか議論が噛み合わないという話をした。このように翻訳に関する論議は、たとえ翻訳者同士であってもうまく前に進まないものだ。いわんや、翻訳者でない人たちとの議論をや、である。その結果、翻訳についての議論をすると、すぐに泥沼化し、明確な論点は失われ、結局のところたんなる主張のぶつけ合いに終わってしまうことも多い。これではせっかくエネルギーを費やして議論をしても、十分な成果が得られない。

この問題を解決するには、なによりも議論のための共通基盤をつくりあげることが不可欠である。その共通基盤のうえでお互いが節度をもって議論すれば、そこからは、現在よりもはるかに大きな成果が得られるにちがいない。

そうした翻訳論議の共通基盤をつくりあげる役割を担うのが、現在日本に生まれつつある「翻訳学」という学問であろうと思う。基本的には翻訳学は欧米のTranslation Studiesという学問の日本語版と考えてよいが、しかしせっかく翻訳に関する学問が日本で生まれつつあるのだから、それが従来の舶来学問と同じような欧米学問の輸入代理店となるのでは、あまりにもったいない(翻訳学がTranslation Studiesの直訳では、しゃれにもならない)。

翻訳学が中心となって、翻訳関係者だけではなく日本人すべてが翻訳の議論をできる基盤がつくりだされれば、翻訳だけではなく日本社会全般において、きわめて有益であろうと思う。翻訳は日本人のあらゆる知的活動の基盤のひとつだからである。

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