成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

TOEIC

2010年4月21日

このたび仲間たちと英語教室を立ち上げることになり、その学習目標のひとつとしてTOEICの点数を採用することにした。700数十点がひとつの大きな目標となるらしい。立ち上げミーティングのなかで私が例によって理想をぶちあげたところ、仲間のひとりが「先生、そういった理想を実現するためにも、まず現実的な目標が必要だと思うんです」と私を静かにいさめてくれた。よき仲間とは本当にありがたいものだ。

そこでさっそく書店にいってTOEICの参考書を買ってみた。TOEIC関係の本を買うのはおよそ25年ぶりである。じつは25年前、私はTOEIC主宰団体の仕事をさせてもらっていた。企業などにTOEICを普及させるためのセミナーや出版物の企画制作のお手伝いをしていたのである。当時はTOEICがはじまったばかりで、受験者数は年間数万人ではなかったかと記憶している。現在は約500万人だと参考書には書いてあった。

残念ながら私自身はTOEICを受験したことがない。ただ、うえに書いた経緯もあって、TOEICがどのような理念のもとに、誰によって、どのようにしてつくられたのか、それがどのようにして日本の英語教育に確固たる位置を占めるに至ったかについては、ひょっとすると現在のTOEICの主宰団体のスタッフよりもよく知っているかもしれない。ここでは当時の記憶のなかから、思い出すままに、そのいくつかをご紹介してみたい。

まずTOEICが誕生した経緯だが、これはTIME誌の日本局長であったK氏が、米国の公共テスト作成機関であるETS(Educational Testing Service)に対して、国際英語の能力評価のための新テスト(Test of English for International Communication)の開発を提案したのが、そのはじまりだとされている。聞き伝えによると、K氏はこの提案をするために単身で米国プリンストンのETSへと乗り込んだ。そしてETS側は、この大胆かつ情熱あふれる日本人の提案を受けいれて、新テストの作成を開始したのだという。ちなみにK氏は坂本龍馬と同じく土佐出身である。

これも聞き伝えだが、K氏がTOEICの立ち上げに思い至ったのは、TIME誌の局長をしていたときに感じた、日本人ビジネスマンの英語コミュニケーション能力のあまりの低さにあったという。1970年代から国際化が急速に進んだ日本経済だが、その一方で日本のビジネス人材の国際コミュニケーション力はきわめて劣悪なものにとどまっていた。K氏が調べてみたところ、当時の日本の英語教育が、瑣末な文法習得とそれを用いての暗号解読作業に陥っていることを発見し、さらには、そうした英語教育に沿った評価体系が広範になされていることに気がついた。そこでK氏は、まずは英語能力に対する評価基準つまり「ものさし」そのものを変えるところからスタートしようと思い立った。それがTOEICの立ち上げへとつながっていったのである。

K氏は、評価基準が変わることで英語教育が変わり、ひいては日本人の国際コミュニケーション力向上につながるものと考えた。したがってTOEICが十分に普及したあかつきには、英語教育、さらにいえば国際人材の養成に本格的に着手しようと思われていたように思う。私がおもにお手伝いをしていたのは、この国際人材養成のためのセミナーや研修プログラムのほうだった。この意味でもK氏はまちがいなく龍馬の末裔であった。

当時からTOEICにはさまざまな批判がなされていた。そのなかには、新しいものに対するいわれなき反発にくわえて、既得権益を守るための政治的な動きなども、一部には含まれていたように思う。

当時の日本での英語評価の「ものさし」といえば、日本英語検定協会が実施する「実用英語技能検定」つまり「英検」が圧倒的であった。日本英語検定協会は、文部科学省主管の財団法人である。ただし実際の検定試験の運営については実質的に旺文社にまかされており、日本の英語教育学界がその後ろ盾となっている。協会理事には旺文社社長の赤尾文夫にくわえて、羽鳥博愛など日本の英語教育学界の重鎮の名前が並んでいる。実際の試験の作成や採点については、大学や高校の英語教師がおこなっている。ちなみに私も都立高校の英語教師をしていたとき、英検三級の試験官をアルバイトでおこなっていた。たしか日給が1万2000円だったと記憶する。

一方で、TOEICの主宰団体である国際ビジネスコミュニケーション協会は、経済産業省主管の財団法人である。実際の試験は米国のETSが作成しており、運営は国際ビジネスコミュニケーション協会がおこなっている。その後ろ盾となっているのは日本の経済界である。したがって、きわめてスキャンダラスないい方をすれば、英検とTOEICは、文部科学省(教育界)と経済産業省(経済界)の権益が真正面からぶつかりあう、権力闘争の最前線である。

TOEICへの具体的な批判として発足当初から繰り返し指摘されてきたことが、英語能力評価テストとしての精度の問題である。当時、企業向けセミナーを開催すると必ず出された質問が「TOEICでよい点数をとっても実際のビジネスで英語が使えない社員がいる。TOEICの精度は本当に高いのか」というものだった。この疑問に対してのTOEICを開発したETSの担当者(彼はよく日本にやってきていた)の答えは、以下のようなものであった。すなわちTOEICは現在考えられるかぎりの教育学的・統計学的手法を駆使して開発された英語能力判定テストであり、その精度については現在の科学的知見の成果として最良のものに近いと判断する。しかしながら人間の能力を科学的に数値化することにはおのずから限界があるので、TOEICがつねに一個人の能力を正確に測定できているとはいいがたい。そこには必ずなんらかの誤差が存在する。それは避けられないものというしかない。

学者としてまことに誠実な回答なのだが、この答えに対しては、多くの質問者があまり納得していないようだった。学者ではなく実務者である彼らは、そんな理屈などどうでもいいから、とにかく仕事の成果に直結する道具としての英語テストがほしいということのようだった。

その後、TOEICの点数は一人歩きをはじめた。また十数年前にK氏がお亡くなりになったあとにはTOEIC主宰団体のほうも質的な変化が起こり、いまでは、この点数ならばこのレベルといった、学問的にはまったく根拠のないTOEIC「常識」が、ちまたにはびこってしまったようである。さらには、TOEICをつうじて国際コミュニケーション力を伸ばすことよりも、TOEICの点数を上げることばかりに熱心に取り組む英語学習者や、そうした風潮を煽りたててもっと金を儲けようという商売も増えているようである。

こうした状況をみて、K氏がもしご存命ならばどのように思われるのだろうかと、ついつい考えてしまう。

なんとかTOEICを世に普及させようと、赤坂見付の山王グランドビルの9階にある小さな事務所に通っていたのは、もう四半世紀も昔のことになってしまった。あのとき、せまい部屋のなかで日本の英語教育の未来について熱く語り合ったTOEIC創設時のスタッフの皆さんにも、もう数十年もお会いしていない。そんな私が、そのTOEICを「ものさし」にして、いま英語教育事業をはじめようとしている。不思議な縁としかいいようがない。

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