成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

英語の動詞認識

2011年8月19日

道中記179では、英語の名詞認識のあり方について説明した。具体的には、英語の動詞認識は3つの認識基準からなっており、その認識を順番どおりにおこなっているということである。本道中記では、英語では動詞の認識構造もまた4つの認識基準を持っており、その認識をそれぞれにおこなっているということを説明する。4つの認識基準とは

1. ムード(mood, 法/叙法)
2. テンス(tense, 時制)
3. アスペクト(aspect, 相)
4. ヴォイス(voice, 態)

である。

以下、英語動詞における4つの認識基準をそれぞれに説明する。

1.ムード(mood、法/叙法):「現実」と「想定」

英語を含むインド・ヨーロッパ語族(IE語族)の諸言語は、「モノ・コト」 のうちの「コト」(出来事)について、日本語を含むそれ以外の諸言語とは根本的に異なる認識構造を持っている。現実の出来事と、現実には起こっていないが心の中で想定している出来事を明確に区別し、それを実際に言語のかたちとして表現するのである。これを文法用語でmood(法、叙法)と呼んでいる。現実に起こった出来事を表現するときの言語のかたちをindicative mood(英語では「直説法」または「叙実法」)といい、心の中だけで想定している出来事を表現する言語のかたちをsubjunctive mood(英語では「仮定法」または「叙想法」)という 。

ただしここで注意しなければならないのは、ドイツ語やフランス語といった「正統」派IE語族とはちがって英語は「異端」であり、「ムード」(法、叙法)という世界認識をすでに大幅に失ってしまっているということである。

ドイツ語やフランス語をみるとindicative moodとsubjunctive moodとでは動詞活用のかたちそのものが違っている。indicative moodにはindicative moodの、subjunctive moodにはsubjunctive moodの動詞活用形が存在する。ところが英語ではこのような動詞活用形の違いは存在しない 。したがって、かたちのうえではindicative moodとsubjunctive moodの区別がつけられない。このことは、客観的な出来事と心理的な出来事とを区別するというIE語的世界認識を、現代英語がすでに大きく失ってしまっていることを示唆する。

しかしだからといって現代英語がmood(法、叙法)というIE語族としての世界認識のあり方を完全に失ってしまったわけではない。たしかにsubjunctive mood独自の動詞活用のかたちは失っているが、そのかわりに、現代英語ではテンスをずらすことによってsubjunctive moodの「非現実性」を表現する。現在形を過去形にすることで、過去形を過去完了形にすることで、その出来事が「現実ばなれ」していることを示すのである。以下、数例を挙げておく

I wish I knew her name.(彼女の名前がわかればいいのに)
Would you rather I didn’t talk? (あたしに黙っていてほしい?)
I’m afraid it is time I was going.(そろそろおいとまするべき時刻ね)
(安藤貞雄 『現代英文法講義』 p.374)

もうひとつ忘れてならないのは、以上に説明してきたことはあくまでIE語族内における「コト」の認識基準だということである。IE語族以外の言語においては、このようなコトの現実性・非現実性という認識基準は基本的に存在しない。「コト」の現実性・非現実性という認識基準は、世界全体の言語からみれば存在しないほうが一般的であり、存在することのほうが特殊である。もちろん日本語の「コト」においてもそのような認識区分は存在しない。上に紹介したI’m afraid it is time I was going.(そろそろおいとまするべき時刻ね)というような過去形の使い方を日本人がよくわからないのは、その意味で当然である。

2.テンス(tense、時制):細かな時間認識

英語を含むIE語族にはTense(テンス、時制)と呼ばれる動詞のかたちの変化がある。英語というIE語の異端の言語を説明する前に標準的IE語の代表としてラテン語の動詞の変化のあり方について簡単に説明する。

ラテン語の動詞の時制(tempus)は、

現在時制(praesens)
完了時制(perfectum)
未完了時制(imperfectum)
過去完了時制(plusquamperfectum)
未来時制(futurum)
前未来時制(futurum praeteritum)

の6つである。この6つがそれぞれに異なるかたちをもっている 。

一方、英語は、こうした動詞のかたちの違いを大きく減らしてしまったIE言語である。動詞のかたちの違いは規則動詞では4つだけ(例:talk, talks, talked, talking)、不規則動詞でも5つだけ(例:take, takes, took, taken, taking)である。

このように動詞のかたちを極限まで減らしたかわりに、英語ではテンスを表現するために動詞を組み合わせて用いることにした(複合動詞化)。具体的には完了形というかたちをやめたかわりに「have(be)+過去分詞形」というかたちを、未来形というかたちをやめたかわりに「will(shall)+原形」というかたちを採用している。ラテン語にあてはめると、以下のとおりになる 。

完了時制(perfectum)→ have(be)+過去分詞(いわゆる「完了用法」)
未完了時制(imperfectum)→ have(be)+過去分詞(いわゆる「継続用法」)
過去完了時制(plusquamperfectum)→ had(was/were)+過去分詞
未来時制(futurum)→ will(shall)+原形
前未来時制(futurum praeteritum)→will have+過去分詞(英語では「未来完了」)

このようにテンスという言葉の「かたち」の観点からみれば、英語はIE語族のなかで「異端」である。しかしかたちの観点ではなく「時間の認識」という観点からみれば、英語はべつにIE語族の異端ではない。すなわ他のIE諸語と同様に、英語でも時間は過去から未来へ一直線に流れ、そのなかで細かな時間区分を持っているのである。具体的には、現在からみた過去と未来、過去からみた過去(過去の過去)、未来からみた過去(未来完了)などの区分である。

こうした細かな時間認識のあり方はIE語族内では共通だが、IE語族以外の言語ではそうではない。基本的にIE語族以外の言語の時間認識はIE]諸語の時間認識ほど細かくない。たとえば中国語には時制はない。インドネシア語にも時制はない。英語とは異なり、こうした言語での時間認識はかなりおおまかである。そうした言語での「コト」認識で重要視されるのは過去・現在・未来といった直線状の時間ではなく、すでに終わっているのかいないか、つまり「完了か未完了か」の認識である。これは文法上では「アスペクト」とよばれる概念である。

3.アスペクト(aspect、相):「コト」のさまざまな状態を示す

「アスペクト」は「コト」(出来事)のさまざまな状態(完了・未完了、進行、起動など)をあらわす文法概念である。英語は「完了・非完了」「進行・非進行」の2つのコトの状況を、複合動詞(「完了」をhave+過去分詞、「進行」をbe+現在分詞)のかたちで表現している 。ちなみにフランス語やドイツ語には「進行」相という文法形式はない 。日本語では完了は「た」という助動詞、進行は「~ている」という複合動詞のかたちで表現するのが一般的である。

4.ヴォイス(voice、態):「コト」の影響力の方向性を示す

英語の世界認識の基本形はSVOである。世界にはS(主語)とO(目的語)という2つの客体(自他)が存在し、そしてそのあいだにV(述語動詞)という関係性が成立しているというのが、英語における基本的な世界の捉え方である。この関係性において、SからOへと影響力が向かう「コト」をActive Voice(能動態)といい、一方でVの影響力がOではなくSのほうへと向かっている「コト」をPassive Voice(受動態)という。具体例をひとつだけ挙げておく。

Active Voice(能動態) He broke the window.
Passive Voice(受動態) The window was broken.

なおHe is walking.といったいわゆる「自動詞文」についてはHe is walking himself.の変形文であると捉えるべきである。すなわちこうした文では自分が自分自身に対して影響力を与えているのである。

Active Voice(能動態)では、Sとともに必ずOを言語表現として示すことが必要である。影響を与える側と与えられる側の両方をきっちりと示さないと、その「コト」の概要がきっちりとはみえてこないからである。しかしPassive Voice(受動態)の場合は、そうではない。影響を与えられるSのほうだけを言語として示すだけで、「コト」の概要がそれなりにみえてくる。

そもそもPassive Voiceとは影響の与える側をはっきりと示す必要がないときのために用いるようにつくられている言語表現である。したがってThe window was broken.は自然である。そこには割った行為者がよくわかっていないという暗黙の前提があるからである。しかしThe window was broken by him.という表現となると、これはかなり特殊な表現行為になる。なぜならそもそも行為者がわかっているのならば、そんなふうに述べるよりはHe broke the window.とストレートに述べるほうがよほど自然だからである。

☆☆☆

英語動詞の4つの認識基準、ムード(mood, 法/叙法)、テンス(tense, 時制)、アスペクト(aspect, 相)、ヴォイス(voice, 態)について説明してきた。いかがだっただろうか。

日本人英語学習者にとって大事なことは、英語のネイティブたちは英語動詞のこの4つの認識をつねに作動させているということを、まずきっちりと理解することである。そしてそのうえで英語を使うときにはどんなときでも(聴解、読解、会話、作文のいずれにおいても)この4つの動詞認識をつねにしっかりと意識し、できればそれを無意識でおこなうことができるようになるまで訓練を積み重ねることである。

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