成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

英語の名詞認識の三層構造

2011年7月6日

日本人が英語を書くとき、もっとも頭を悩ませることのひとつが、名詞表現での冠詞や単数複数の使い分けである。どんなときにaやtheをつければよいのか、どんなときには単数で、どんなときには複数かといったことが、私たち日本人にはよくわからない。そこでネイティブにたずねてみるのだが、この場合はこうであり、あの場合はああである、といった対症療法的な答えしか返ってこないのが普通である。根本的な対応策を示唆してくれることはほとんどない。

これは仕方がない。母語は無意識に用いられるものであり、それを理屈で説明するのはきわめて難しい。私たち日本人も外国人から「『暑いから窓をあけてください』と『暑いので窓をあけてください』の違いはなんですか。『熱いために窓をあけてください』といってはいけないのはなぜですか」ときかれて「『暑いので』と『暑いから』の違いは××であり、『暑いために』が使えない理由は○○です」などとすらすら答えられる人はまずいないことだろう(いたら紹介してください)。

結局のところ英語のaやtheの使い方、単数や複数の使い分けについては自分自身で勉強していくしかほかに方法はない。その際に大切なことは、用法(太陽や月にtheをつける、最上級にtheをつける、など)を学ぶのではなく、冠詞や単数複数といった言語表現を使って英語ネイティブがどのように世界を認識しているのかを深く理解することである。

では英語ネイティブたちは、この世界の「もの」(名詞)をどのように認識しているのだろうか。まず知っておかなければならないのは、日本語と英語では「もの」(名詞)に対する認識方法が本質的に異なるということである。

日本語での名詞認識は単層構造である。私たちはすべてのものを同一カテゴリーで認識している。これは私たち自身にとってあまりに当たり前なのでほとんど気づかないが、しかし世界の言語をみるとこのような単層的な名詞認識は多数派とはいえない。

たとえばインドヨーロッパ語族(欧州圏言語、アラビア語、一部北アフリカ諸語、サンスクリット語など)の名詞は、単数・複数・(双数)、男性・女性・(中性)、抽象・具象といった多層的な認識構造をもっている 。なぜインドヨーロッパ語族がそのような細かな名詞認識を発達させたかはわからない(なにしろ数万年も前のことだ) 。

さてインドヨーロッパ語族の端っこに位置する英語の名詞認識だが、これは三層構造をしている。「特定/不特定、加算/不可算、単数/複数」の三層である。この英語の名詞認識における三層構造について以下詳しくみていきたい。

英語の名詞における第一の認識は「特定/不特定」という区分である。これは、言葉の送り手(話し手/書き手)からみて、その名詞を特定できるものとして認識しているか、あるいは特定できないものとして認識しているかという区分である。特定できると認識した場合にはtheを使って表現する。このtheを敢えて日本語に訳すとすると「あの例の…」といったところである。その名詞を特定できないものと認識した場合にはtheは用いない。

たとえばここにI like reading the book.というセンテンスがあるとする。the bookとあるからには、この書き手は「あの例の」本のことをすでに知っており、特定できる。ただし、これだけでは、読み手のほうが「あの例の」本を特定できるかどうかはわからない。もし文脈のなかで「あの例の」本についてすでに述べられているとすれば、読み手にもその本は特定できるのでこのセンテンスには問題がない。しかし、ただ唐突にこのセンテンスが出てきたのだとすると、突然「あの例の本」といわれるわけだから読み手としては困ってしまう 。

ここからわかるのはI like reading the book.というセンテンスそのものが「正しい」「正しくない」といった議論には意味がないということである。重要なことは、書き手がtheに伴う特定/不特定の感覚を正しく認識したうえでこのセンテンスを書いているかどうかにある。

第二の認識は「加算/不可算」という区分である。これについてはマーク・ピーターセンの『日本人の英語』に
I ate a chicken in the back yard.

I ate chicken in the backyard.
との対比という有名な例があるので、それを利用する。

I ate a chicken in the backyard.というセンテンスでは、書き手は「鶏」を数えられるもの(可算)として認識している。すなわち「一羽の鶏を裏庭で食べた。」である。もしこのIがキツネだとすると、そのキツネが裏庭にいた一羽の鶏をむしゃむしゃ食べたという状況をイメージできる。このIが人間だとするとかなりグロテスクにも思えるが、ではa chickenのかわりにa fishだと、どうだろうか。少なくとも日本人にとっては違和感がない。

つぎのI ate chicken in the backyard.というセンテンスでは、書き手は「鶏」を数えられないもの(不可算)として認識している。すなわち「鶏肉を裏庭で食べた。」である。おそらくバーベキューでもしたのだろう。こうした不可算の認識を敢えて日本語に置き換えるとすると「~というもの」という表現を使えばよいだろう。すなわちa chickenは「一羽の鶏」であり、chickenは「鶏というもの」である。

ここでもポイントとなるのは、センテンスそのものが「正しい」「正しくない」ではなく、書き手が「加算/不可算」を正しく認識したうえでこのセンテンスを書いているかどうかである。もしバーベキューで鶏肉を食べたのにI ate a chicken in the backyard.と書いたのだとすれば、これは間違いである。一方、本当に手づかみで生きた鶏をむしゃむしゃと食べたのにI ate chicken in the backyard.と書いたのであれば、それも間違いである。そんなひとはまずいないだろうが。

「特定/不特定」「加算/不可算」という順番に名詞の認識判断をおこなったのち、書き手がその名詞を「加算」と認識している場合には、第3の認識判断として「単数・複数」の区別をする。「不可算」と認識している場合には単複の区別はしない。というよりも区別できない。

単数/複数の区別はおなじみだろうが、用法から考えてしまうと実際の区別に迷うことが多い。しかし用法ではなく認識という観点から考えるのであれば、書き手が1つと認識しているときにはaをつけて、2つ以上だと認識しているときには複数形にすればよいだけの話である。あまりナーバスになる必要はない。

以上の名詞認識を実例でみてみよう。以下はWikipediaのLungの項である。

(http://en.wikipedia.org/wiki/Lung)
The lung (adjectival form: pulmonary) is the essential respiration organ in many air-breathing animals, including most tetrapods, a few fish and a few snails. In mammals and the more complex life forms, the two lungs are located near the back bone on either side of the heart. Their principal function is to transport oxygen from the atmosphere into the bloodstream, and to release carbon dioxide from the blood stream into the atmosphere. This exchange of gases is accomplished in the mosaic of specialized cells that form millions of tiny, exceptionally thin-walled air sacs called alveoli.

最初のThe lungに対して、書き手は「特定」「不可算」という認識をしている。敢えて日本語に訳すとすれば「あの例の肺というもの」だ。つぎのthe essential respiration organはthe lungのことだから「特定」「不加算」の認識だ。many air-breathing animalsは「不特定」「加算」「複数」の認識。つづくmost tetrapods、a few fish、a few snailsも「不特定」「加算」「複数」である。a few fishは例外的なかたちで、複数認識でもfishesにせずにfishのままで用いるのが通例だ(http://ejje.weblio.jp/content/fish参照)。ただし魚の種類などを表現する場合には、several kinds of fishesとなる。ちなみに「魚肉」はfish、chickenの認識と同じ。

In mammals and the more complex life formsのうちのmammalsの認識は「不特定」「加算」「複数」。the more complex life formsは文法的には「絶対比較級」とよばれるもので、比較対象を特定することなく、ただ比較的程度が高いことを示すもの(the upper class, the younger generation)。これを認識という観点からみると、the more complex life formsとは、世界にある生命体(life forms)を心の中でおおざっぱに2分して、そのうちの複雑度が高いものという認識である。心の中で特定化できるので、theがつくことになる。

the two lungs are located near the back bone on either side of the heart.のthe two lungsは「特定」「加算」「複数」の認識、the back boneは「特定」「加算」「単数」の認識、the heartも「「特定」「加算」「単数」の認識である。「あの例の肺(2つ)」「あの例の背骨(1つ)」「あの例の心臓(1つ)」である。

Their principal function is to transport oxygen from the atmosphere into the bloodstream, and to release carbon dioxide from the blood stream into the atmosphere.のTheir principal functionは「特定」「加算」「単数」の認識、oxygen、carbon dioxideは「不特定」「不可算」の認識、the atmosphere とthe bloodstreamは「特定」「不可算」の認識。

This exchange of gases is accomplished in the mosaic of specialized cells that form millions of tiny, exceptionally thin-walled air sacs called alveoli.のThis exchangeは「特定」「不加算」、gasesは「不特定」「加算」「複数」、the mosaicは「特定」「加算」「単数」、cellsは「不特定」「加算」「複数」、sacsは「不測定」「加算」「複数」、alveoliは「不特定」「不可算」の認識。

いかがだっただろうか。最後にもういちど繰り返すが、大切なことは、英語では世界をどのように認識しているのか、それが日本語での世界認識とはどのように違うのかを、しっかりと理解することである。

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