成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

英語学習ロードマップ

2010年8月24日

英語がとりあえず使えるようになったと感じたのは英語の勉強を本格的にはじめてから15年ほどがすぎた35歳の頃だった。英語をマスターしたなどといえるレベルからはまだまだ程遠かったが、日常の仕事や研究で英語をやっとまともに使えるようになったという手ごたえがあった。具体的にいえば英語での議論や英語テキストを読むことにそれほど苦労しないですむようになったのである。

当時感じたことは、やっとここまでたどりついたという感慨と、それにしても仕事や研究で英語がまともに使えるようになるのに15年もかかるというのはいくらなんでも長すぎるという思いだった。私の場合は英語学習のほぼすべてが独学だったが、大学で英語を専攻したり英語学校に通ったりした人をみても、その状況はあまり変わらないようにみえる。英語がそれなりに使えるようになるには、やはり10年、15年はかかっているようである。

そもそも、なにかの技術を本当に身につけるには長い年月がかかるものである。うまく泳げるようになるにしても、ピアノがうまく弾けるようになるにしても、長期間にわたるトレーニングは不可欠である。その意味でいえば、日本人が英語を身につけるのに15年かかるのも当然だという考え方もできよう。

しかし英語学習に費やす時間は、やはり短ければ短いほうほどよい。人生には英語以外に学ぶべきことが山ほどある。私のように英語の勉強にあまりに多くの時間を費やしてきた人生の過ごし方は、あまり賢いものとはいえない。英語の勉強にかまけて本当に大切なことをしっかり学ばないままにここまできてしまったように思う。

だからこそ、仕事や研究で英語がまともに使えるようになるまでの期間をもっと短縮できないものかと強く思う。2年や3年ですむというわけにはいかないだろうが、5年から7年ほどの集中学習で英語がそれなりに仕事や研究に使えるようになることが望ましい。そうなれば大人になってから英語学習をはじめても決して遅くないことが実証され、小学校で英語を教えるといった貴重な教育機会の愚かな使い方も少しは改善されることだろう。

そのために必要なのが、英語を本当に使えるようになるまでの体系的かつ効率的な英語学習ロードマップである。ところが、いまの日本の英語教育にはそうした学習ロードマップがまだ存在しない。文部科学省が提示する学習指導要領は公教育における英語学習ロードマップだが、あくまで公教育のためのものであって仕事や研究で使える英語力という観点には欠けている。いっぽう社会人のための英語教育では英会話力に特化したり高度な英語力の育成に的を絞っていたりして、やはり総合的な視点には欠ける。現時点では日本人が英語をゼロからしっかり学ぼうとするとき、どのような道筋をどのようなやり方で進んでいけばよいのかが、まったく見えないのである。登山に例えれば、登山ルートを決めず、地図も持たず、ちゃんとした装備も持たずに、いきあたりばったりに登山をはじめるようなものだ。これでは山頂にまでたどり着くのはきわめて困難である。

ではどうするべきか。最初にするべきは、どの山に登るのかをまず決めることである。たとえば、目標とする山が「英会話山」であれば、それほどの準備や装備は必要ない。半分ピクニック気分で出かけていってもよい。しかし、もしそれが「仕事や研究で使う英語山」なのであれば、きちんとした計画を立てたうえに、きちんとした地図と装備を持っていかないかぎり、その山頂に立つことはほとんど不可能である。それなのに、いまの日本の英語教育には、そうした高度な山登りのためのモデルプランもなければ、地図も装備もないのである。

私自身のこれまでの英語学習を振り返ってみると、きちんとした計画も立てず、きちんとした登山ルートを知らず、ろくな装備も持たずに「仕事や研究で使う英語山」の頂上を単独行で目指したものだといえそうだ。そのため、道に迷ったり、藪のなかに突っんだり崖から落っこちそうになった経験は数知れない。だから15年もかかってしまったのである。

「仕事や研究で使う英語山」は「英会話山」にくらべてはるかに高い。単なるピクニック気分で簡単に登れる山ではない。しかしそれでも、きちんとした計画を立て、きちんとしたルートを、きちんとして方法で歩めば、誰にでも山頂までたどり着ける山である。15年をかけてなんとかして山頂にまでたどり着いた経験からいって、それは保証してよい。

したがっていま英語教育関係者が早急に取り組むべきは、仕事や研究で使う高度な英語を学ぶ人々のための総合的な学習プランと訓練の場(教室)の確立、そしてそこでの精密なカリキュラムと効率的な教材群の開発である。それなしで「仕事や研究で使う英語山」に登ろうとするものだから、多くの日本人英語学習者が途中で道に迷って遭難してしまうのだ。

逆にそうしたものさえきっちりと準備されれば、これからは「仕事や研究で使う英語山」登山に15年もの歳月を費やす必要はなくなるだろう。5年から7年で山頂までたどり着くことができるようになるはずである。そうなれば20歳ぐらいから英語学習を本格的にはじめても、20代中盤には英語を使って仕事や研究がきちんとできるようになる。これからの日本人にはぜひそうなってもらいたいし、またそうなってもらわないと、日本という国が滅んでしまう。そのために、私としてはこれまでの単独行の経験を活かしながら、およばずながらも「仕事や研究で使う英語山」登山のガイド役を務めていきたいと考えている。

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