成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

英語教育とビジネス商品開発

2010年7月5日

少し前のことだが、ある出版社の編集者のI氏とお話をさせていただいたことがあった。I氏は優秀な編集者であると同時に優秀なビジネスマンでもある。話のなかでビジネスマンと英語教育関係者のあいだの感覚の「ずれ」がひとつの話題になった。その際のI氏の意見はおおよそ次のようなものである。

ビジネスにおいて新商品や新サービスを世に送り出そうとするときには、市場ニーズをつかみ、そのうえで目標を決め、目標を満たす試作品の開発をおこない、試作品を完成品に高め、完成品を綿密なセールス戦略とともに市場に送り出す。だがそれでも開発した新商品や新サービスが本当に市場に受け入れられるかどうかは予測できない。実際のところ新商品や新サービスでヒットするのはごく小数だ。商品やサービスに対する市場の反応はじつに厳しい。

ところが英語教育関係者の議論を聞いていると、こうしたビジネス的発想がほとんど感じられない。教育の理念や理論の話ばかり先行し、市場のニーズは語られず、明確な目標は定められず、商品としての英語教育プログラムの開発やマーケティングは何も触れられない。

教育とビジネスが本質的に異なることは認める。だからといってビジネスで培われたノウハウを敢えて否定する必要はないのではないか。また技術習得という側面がきわめて色濃い英語教育は特にビジネス的な発想や手法が活用できるのではないか。こうした発想や手法を取り込んでいないことが今日の英語教育の不振につながっているのではないか……。

ビジネスと英語教育の両方に身をおく私としては、まことにもっともな意見であり、また、とても耳の痛い意見であった。

もちろん教育とビジネスは本質的に異なるものである。例えていえば、教育は野にある草花すべてに花を咲かせる営みであり、いっぽうビジネスは観賞用の草花に花を咲かせて利益を得る営みである。草原のノバラやスミレは教育の対象であり、温室の大輪のバラはビジネスの対象である。

だが、もし温室のバラに花を咲かせる手法や技法が、草原のノバラやスミレに花を咲かせるためにも役に立つのであれば、それを使えばよいのではないか。さらにいえば、それを使わないというのは単なる怠慢にすぎないのではないか――I氏がいいたかったのは、おそらくそういうことではなかったかと思う。

こうしたI氏のアドバイスを受けて、いま私は仲間とともに英語教育プログラムの新商品の開発プロジェクトをすすめている。I氏が述べられたとおり、市場ニーズをつかみ、明確な目標を設定し、試作品の開発をおこない、試験して完成品に高め、そして市場に送り出すというビジネスとしての商品開発プロセスをきっちり踏むつもりだ。現時点で試作品がほぼ出来上がった段階にきており、テストと改良を施したのち、秋には完成品を市場に送り出すつもりでいる。

今回英語教育の商品開発を進めてきて感じているのは、これまでの英語教育のやり方はずいぶんと生ぬるかったということである。私が以前に英語教育に携わっていたのは数十年前の話だから、今は事情が違うのかもしれないが。

当時の英語授業のプログラム開発はおもに研究授業のなかで行われていた。実際の授業を他の先生方が見て、その後のミーティングで意見を交換しあうのである。だが実際には、これはセレモニー的側面の強いものだった。先生同士はなかなか本音がいいあえないもので、意見交換といっても表面的なものになりがちだった。いずれにしろ市場における厳しい反応とは異なるものであった。

ところが今回のプログラム開発では、当初から開発への取り組み姿勢がまったく違っていた。ミーティングやシミュレーションの現場では、スタッフのあいだから建設的な意見やアイデアがどんどんと出された。最初に私が提案したプロトタイプには次々と修正が加えられ、そして進化していった。

教師出身の私としてはじつに驚くべき進展ぶりなのだが、ビジネス現場で苦労してきた仲間の一人はこうつぶやいたものだ。「これでは市場ではまだ通用しないと思います。“とんがり方”が足りません」。もっとなにか抜きん出たところがなければ市場での厳しい競争にはとても勝ち抜けないというのである。

開発はいまも進行中である。秋に出来上がる英語教育プログラムが市場で本当に支持を得られるかどうかはまだ未知数だ。私たちの今後の努力次第であり、同時に多少の運も必要だろう。だが私個人は、すでに自信を深めている。こうしたきっちりとした商品開発を続けていくかぎり、たとえ今回は駄目であっても、市場に支持される英語教育プログラムが、いつかは必ず開発できると確信できたからである。そしてこうした確信は、いままでには経験したことのないものである。

こうした経験を数多くの英語関係者が積み重ねていくことで、日本の英語教育はそのレベルを向上させていくことができるのだろうと思う。そのなかで、私たちは私たちなりに、きっちりとしたビジネス開発プロセスを踏みながら、新たな英語教育や翻訳教育の開発をこれからも続けていくつもりである。

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