成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

言語法則

2010年6月8日

世界には数千の言語があり、それぞれに独自の形態や性質を持っている。だがそれら諸言語に共通あるいはきわめて類似した機能や性質があることも当然のことであって、そうした各言語の共通性を分析してみると、そこから言語全般に共通したある種の法則性と呼ぶべきものが見つかってくる。そうした法則性を調べているのが類型論言語学者と呼ばれる人たちで、その研究成果としていろいろなことがわかってきた。ここではそのうちの2つの「法則」と、情報構造を核とする言語理論をご紹介する。

まず第一の法則は「ベハーゲルの法則」と呼ばれるもので 、内容は「心的に近い関係にあるものが(文中でも)近くに配置される」というものである。

とすれば、英語にしても日本語にしても心的に近いものを場所的にも近くにおくことが自然であり、それを無視した文章をつくることは言語法則に即していないということになる。その意味で翻訳における訳文づくり、あるいはオリジナル文章づくりにおいて、この法則はきわめて有用な役割を果たすのではないだろうか。

第二の法則は 、「同一範疇に属する構成素は、構造的に複雑なものほど構成体の周辺部(あるいは外部へ置かれる傾向がある)というものである。これは日本の類型論言語学者である松本克己が西欧言語学者の論を修正のうえ提唱している言語法則である。
具体例でみてみると、たとえば英語では

I give to John all the money that you have given me last year..

というように、複雑な要素ほど周辺部(この場合は後部)に置かれている。このto John とall the money that you have given me last year.を逆に置いて、

I give all the money that you have given me last year to John..

とすることは「文法的」には認めれらるが、実際にはかなり不自然である。
日本語では、

昨日妻がデパートから買ってきた赤い靴を/花子に/あげる。

のほうが

花子に/昨日妻がデパートから買ってきた赤い靴を/あげる。

よりも自然であろう。

この法則もまた訳文やオリジナル文を自然なものにすることに大きく役立つことだろう。

つぎにご紹介するのは、従来の文法とはまったく異なる観点から言語というものを捉える理論である。

通常私たちは、語順は文法によって決定されるものだと思っているが、これは話が逆である。語の順序とは、何よりもまず、心の動き、思考の順序を映すものである。すなわち、文法が思考に先立って存在するのではなく、思考の順序に則って文法が組織化されると考えるほうが適切なのだ 。

こうした考えのもとに組み上げられたのが「機能的文構成」(Functional Sentence Perspective, FSP)と呼ばれる理論である。この理論によると、文中における構成要素の配列には、いわゆる「文法」とは独立して、言葉の伝達機能に即した「自然な順序」というべきものがある。それは、きわめておおざっぱにいってしまえば、「既知(旧)」情報(または既知に近いもの)つまり伝達する必要性があまり高くないものから、「未知(新)」情報(または未知に近いもの)つまり伝達する必要性が高いものへという、情報の流れである 。すでにおわかりのことだと思うが、私が道中記などで繰り返し述べているトピック・コメント構造という考え方は、この理論に依拠するものである。

以上に述べたこうした法則や理論は、しょせん言葉を対象とするものであるから、自然法則のような普遍性をもつものではない。けれども、これらを知っておくことは翻訳や執筆に大きなメリットを生むはずである。やはり知らないより知っておいたほうがよい。

言語類型論についての初学者向け参考図書はなかなか見つからないのだが、ちょっと背伸びをして松本克己の『世界言語への視座』あたりをまず読まれてみればいかがだろうか。いずれにしろ言語というものをあまり狭く捉えないで、もっと幅広い観点から考えてみることが大切だと思う。

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