成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

Beat It

2010年6月1日

これまでI Love Rock n’ Rollをつかって英語の発音について説明してきたが、ロックファンならともかくそうでない人であればI Love Rock n’ Rollを知らない人が大半かもしれない。そこで、おそらく誰もが知っているであろうMichael JacksonのBeat Itをつかって、英語発音の別の側面についてもう少し説明したいと思う。

Beat ItはいわずとしれたMichael Jacksonの代表曲のひとつである。詩の内容は、暴力に決して染まらないようになんとしてもBeat It(逃げること)せよというメッセージである(日本語名は「今夜はビートイット」などというふざけたものになっている)。以下、前半の一部分を以下に示しておく。

They told him don’t you ever come around here
Don’t wanna see your face, you better disappear
The fire’s in their eyes and their words are really clear
So beat it, just beat it

You better run, you better do what you can
Don’t wanna see no blood, don’t be a macho man
You wanna be tough, better do what you can
So beat it, but you wanna be bad

Just beat it, beat it, beat it, beat it
No one wants to be defeated
Showin’ how funky and strong is your fight
It doesn’t matter who’s wrong or right
Just beat it, beat it
Just beat it, beat it
Just beat it, beat it
Just beat it, beat it
So beat it, but you wanna be bad

サビの部分は以下のとおりだ。ここを検討してみよう。

Just beat it, beat it, beat it, beat it
No one wants to be defeated
Showin’ how funky and strong is your fight
It doesn’t matter who’s wrong or right
Just beat it, beat it

まずbeat itである。ここでの第一のポイントはbeatのbの強さだ。このbの音は尋常でなく強い。日本語の「ビ」の2倍どころか3倍、4倍と思えばよい。まず強く強くクチビルを締めて、それから息を一気に吐き出す。ポイントは、クチビルを強く強く締めること。これほどまでクチビルを強く締める発音は日本語にない。それだけに最初は十分に意識しながらやらなければ、この音は日本人には出ないものだ。

つぎはbeatのea。この音が日本語のふつうの「イー」ではないことに注意。通常の「イー」よりも、はるかに硬く鋭い音だ。日本語にたとえると、大嫌いな人間に向って「イーだ」というときの、あの「イー」である。発音する際には、クチビルを思い切り横にひっぱる。ここまで思い切りクチビルを横にひっぱる音は日本語にはないので、これもまた十分に意識して発音しなければならない。

さて、ここで少し先まわりをすると、このbeatのeaと、あとのitのiは、カタカナでかくと、イートの「イー」、イットの「イッ」ということになり、同じ音だが長さが違うようにみえる。しかし実はそうではない。実際のところ、ここのbeatとitの長さは同じだ。

詳しく説明しよう。たとえばeatとitという2つの単語の発音を例にすると、その違いは「イート」「イット」といった長さの違いではない。itのほうがeatよりも長さがいつも短いというわけではない。ときと場合によってはitのほうがeatよりも長く発音されるケースもある。

この2つの音は、音そのものが違うのである。eatのeaはbeatと同じ硬く鋭い音である。いっぽうitのiはもっと曖昧で鈍い音だ。クチビルを横にあまりひっぱらず、ぼんやりと開けたまま発音する。あえていえば日本語の「イ」と「ウ」のあいだに近い。

beatの最後のtは、つぎのitと連結して、bea-titという音になる。このtもまた強い音であるが、最初のbほどの強さはない。bea-titの最後のtについては飲み込まれてしまい、あまり聞こえてこない。

このようにbeat itは、最初のbに続いて、2つの違う「イ」のあいだにtが入り、そしてtで終わる。強く破裂する音や鋭く硬い音を多用することで、曲のメッセージにふさわしい、緊張かつ切迫したイメージを音声的に生み出している。

つぎのNo one wants to be defeatedだが、前半部分のNo one wants toでは、beat itと対照的にクチビルをまるめるタイプの発音(No, one, wants)を繰り返している。そして、つづくbe defeatedの後半部分で、beat itと同じ音声イメージを、dとfの音を使いながら別角度からつくりだしている。

つぎのShowin’ how funky and strong is your fightだが、これはその前の2行とは、発音方法そのものが変わる。前の2行では、すべての単語を連続させて流れるように発音するのだが、ここからの2行は、ひとつひとつの単語をそれぞれに区切るようにして発音する。前の2行が走っているイメージだとすれば、この2行は止まって足を踏ん張っているイメージだ。Showin’, how, funky, n’, strong, ‘s, your, fightというイメージで、ひとつひとつの単語をぶつ切りにしながら、最初のsh, h, f, str, y, fといった子音を、強い息とともに、吐き出すように発音してほしい。

It doesn’t matter who’s wrong or rightも同様である。It, does, n’t, mat, ter, who’s, wrong, ‘r, rightといった具合だ。ふだんなら弱くなってd化したりr化するmatterのtもきっちりと強く発音されている。まさにリキんでいるイメージだ。

そして最後にまたbeat itが繰り返され、サビの部分がおわる。こうして詳しくみてみると、それだけでMichael Jacksonの才能の一端がみえるような気がする。もちろん一端にすぎないけれど。

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