成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

学問英語と職業英語

2011年1月11日

(引用はじめ)
英語を勉強するのには、ただ漫然とやるのではなく、自分の目的に合わせて勉強することが効果的でしょう。こういう考え方を、English for Special Purposes(ESP 特定の目的のための英語)と呼びます。(略)
ESPはEAP(English for Academic Purposes)とEOP(English for Occupational Purposes)に分類できます。
前者は学問・研究を目的として、科学技術、医学、法律、経済・金融・経営などの分野で必要になります。農水省で狂牛病対策にたずさわる関係者はなにはさておき、その分野の英語文献を読みこなす能力が求められます。厚生労働省でSARS(重症急性呼吸器症候群)対策に取り組む担当者も同じです。
後者は職業上の目的を考慮に入れたもので、医療やビジネスを対象としたEPP(English for Professional Purposes)と、接客や販売を対象としたEVP(English for Vocational Purposes)などが考えられます。(略)
もちろん、小中高校で、こういった分類に従って、英語の勉強をするのは適切ではありません。学校では、英語の基礎を固めることが大切です。すなわち、EGP(English for General Purposes)です。それでも、日ごろ目につくいくつかの職種に関連させて勉強すると、生徒の学習モチベーションが高まるでしょう。(略)
私たちは生活のすべての面で英語を使うことはできませんし、その必要もありません。私たちは自分の特定の目的のために英語ができれば、それで十分といえます。そして、だれでも英語を必要とする、英語が役立つ部分を持っています。だから、目標を明確にとらえて、そのための努力を積み重ねたいと思います。
(本名信行、『世界の英語を歩く』、集英社新書、pp.203-5)
(引用おわり)

どのような分野の学習でもそうだが、目標がはっきりしていればそれだけでもやる気が出てくるものだ。逆に目標がはっきりしていないと、なかなかやる気が起きない。目標が明確化されていることは、あらゆる学習においての必須条件であるといえる。

ところが日本の英語教育では、学習の必須条件であるこの学習目標がほとんどまともに検討されていない。中学学習指導要領の英語学習の目標は「外国語を通じて言語や文化に対する理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、聞くことや話すことなどの実践的コミュニケーション能力の基礎を養う。」というものだが、これが具体的な学習目標となるとはおそらく誰も思わないことだろう。

学習指導要領のような包括的目標は上記『『世界の英語を歩く』(本名信行)からの引用に紹介されているEGP(English for General Purposes)にあたるものである。公教育にこうしたものが必要なことは当然だが、それだけでは何も前には進まないことも当然である。英語学習を前進させるためにはもっと具体的な目標が必要となる。

それが上記引用にあるEAP(English for Academic Purposes)とEOP(English for Occupational Purposes)だ。ここではEAPを「学問英語」、EOPを「職業英語」と訳すことにする。

学問英語(EAP)とは文字どおり学問を行うための英語である。そしてこの学問英語のなかでもっとも重要となる能力が、英語文献を読みこなす能力つまりリーディング力である。つぎに論文などを書くためのライティング力も必要となり、さらに、ある程度のプレゼンテーション能力も必要となるだろう。一方で、いわゆる英会話力の必要性は学問英語においてはきわめて低い。

とすれば、もしあなたが学問英語の習得を目標とする英語学習者ならば、英会話などをやるのではなく、まずリーディング力やライティング力の向上を目指すべきである。また、もしあなたが学問英語を教える英語教育者であるならば、それにあったプログラムを開発すべきだ。

職業英語(EOP)には、上にあるとおり医療やビジネスを対象としたEPP(English for Professional Purposes)と接客や販売を対象としたEVP(English for Vocational Purposes)といった下位区分が可能である。ここではEPPを「専門家英語」、EVPを「接客英語」と訳すことにする。

専門家英語(EPP)の学習目標は学問英語にきわめて近いものである。リーティング力、ライティング力のニーズが高く、英会話力のニーズはきわめて低い。一方、接客英語(EVP)の場合には英会話力のニーズが圧倒的に高く、逆にリーディング力やライティング力のニーズは圧倒的に低い。

ということで、もしあなたが専門家英語を必要とする立場ならば、まずみずからのリーディング力・ライティング力を鍛えるべきだ。一方、もしあなたが接客英語を必要とするならば、なによりもまず英会話力を磨くことである。そして、もしあなたがこうしたそれぞれの英語を教える英語教育者であるならば、それぞれのニーズに見合ったプログラムを開発すべきである。

以上述べてきたことは、誰もが納得できる当たり前のことだと思う。ところが実際の英語教育は、そうなっていない。目標がきっちりとは定められず、ただなんとなくEGP(English for General Purposes)に近いものが目標となっていたり、あるいは受験という特殊目標を設定しているケースが目立つ。そうした特殊目標の設定が全面的に悪いことだとはいわないが、少なくとも健全な英語力の養成という観点からは非常に深刻な問題をはらんでいる。たとえば受験英語に真剣に取り組めば取り組むほど学習者の英語観や英語力は大きく歪んでしまう。そしてこうして歪んでしまった英語観や英語力をもとに戻すだけでも多大な労力と時間がかかる。これはこれまでの日本の英語教育の原罪のひとつである。

もうひとつの深刻な問題は、学問英語や専門家英語が必要な英語学習者に対して英会話を中心とする接客英語のためのプログラムが提供されているケースが目立つことである。間違えないでほしいのだが、接客英語プログラムそのものが悪いといっているのではない。そもそも目標が違うといっているのである。カラオケを楽しく歌いたい人に西洋音楽理論を教えることは無駄であるが、将来音楽を仕事にしたい、音楽の研究をしたいという人に対してカラオケの歌い方を教えることもまた無駄なのである

大切なことは、英語学習のそれぞれのニーズを明確にし、それにマッチした具体的な英語学習目標を設定することである。このような発想に欠けていることが現在の英語教育の問題の起点であり、ここが解消されないかぎり教授法や教材の議論は無駄である。

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