成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

ENLとしての翻訳、EILとしての翻訳

2011年9月6日

今日の日経新聞(2011.9.6)の文化面に「日本のSF,渡米後押し 古典~現代作まで30以上、独特な表現の翻訳に腐心」という記事が載った。書いた方はエドワード・リプセットという米国人の方で、福岡で翻訳会社を経営されている。56歳ということで私と同い年だ。翻訳ビジネスのかたわら2002年から日本のSFやミステリーなどを英語に翻訳して米国で出版する事業をはじめ、現在までに江戸川乱歩や眉村卓などの英訳作品を30点以上出版している。成果もあがってきており、米国SF&ファンタジー英訳作品賞の候補に残るものも出てきたという。また記事によると日本のSFやホラー専門の英訳出版社もすでにあり、日本作品の英訳は徐々に米国社会に浸透しているとのことだ。たいへんに喜ばしいことである。日本文学といえば川端、三島という時代では、もはやない。日本の作品はドラゴンボールのような漫画からばななのような純文学まで幅広く世界に紹介されているのである。

さて翻訳という観点から日本文学を米国に紹介するという仕事をみてみると、これはあきらかにENL(母語としての英語)としての仕事である。ここでのターゲットリーダーはあくまで英語ネイティブのみであり、彼らのためにもっとも適切なかたちで英語のテキストをつくっていかなければならない。当然ながらこれは英語ネイティブ翻訳者の仕事であり、日本人翻訳者の仕事ではない。というよりも日本人にこの仕事をすることは不可能である。それはアメリカ人やイギリス人が英米文学を日本語に翻訳することができないのと同じである。

いっぽう、日本語を英語に翻訳する仕事のなかでも日本人翻訳者のほうが英米人翻訳者よりも適している仕事もある。たとえば、アジアの人々に日本の技術や文化を英語で伝えたいような場合がそれにあたる。このときに使われる英語は、ENL(母語としての英語)ではなくEIL(国際語としての英語)である。同じ「英語」といっても、うえに紹介した日本文学を英語にするときの英語とはまったく異なるものであり、究極的には別言語なのである。

こうしたEIL(国際語としての英語)での翻訳でもっとも重要なポイントは、日本人が伝えたいことをいかに正確にわかりやすく英語ノンネイティブ(この場合はアジアの人々)の読者に伝えることができるかにある。ENL(母語としての英語)としてのレベルの高さでは決してない。そしてこの点に関しては基本的に日本人翻訳者のほうがそうでない翻訳者よりも優位な立場にある(もちろん実際の仕事のレベルは個人差によるところが大きい)。

このように同じ日英翻訳といってもENLとしての翻訳とEILとしての翻訳とではまったく別次元のものである。うえに述べたように究極をいってしまえばENLとEILは別言語なのだから。そして当然ながら翻訳者も異なってくるのである。

だが現在の翻訳の仕事では、このENL翻訳とEIL翻訳の区別を明確にできていないケースが非常に多い。アジアや南米の人々など英語ノンネイティブ向けにEILでテキストをつくるべきケースにもかかわらず、英米人に翻訳してもらうことばかりにこだわってみたり(ネイティブ信仰)、一方で、英米人向けにENLで翻訳しなければならないものにもかかわらず、日本人翻訳者が無謀にも挑戦してみたりする。

重要なことはなによりも読者ニーズである。どの仕事もそうだが、お客さんの役に立ってこその仕事である。翻訳の場合には、できたテキストがターゲットリーダーにとって最良のものであれば、それがなによりだ。英語ノンネイティブ向けの技術書やレポートを英文学者なみの流麗な英語で訳しても意味がない。一方で、日本文学作品を日本人翻訳者のノンネイティブ英語に翻訳することにも意味がないのである。

たんに「英語」「翻訳」とひとくくりに考えることはもうやめたほうがいい。それぞれのターゲットにあわせた多様なかたちでの翻訳があるはずである。

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