成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

Que Sera, Sera

2010年6月4日

つぎにご紹介するのは、私の長年の愛唱歌であるQue Sera, Seraだ。作詞作曲はJay Livingston & Ray Evans、1956年のアルフレッド・ヒッチコックの映画『知りすぎていた男』でドリス・デイが歌った曲である。日本ではペギー葉山(知ってる?)が日本語歌詞(翻訳:音羽たかし)で歌っていた。なつかしいなあ。

Que Sera, Sera(ケ・セラ・セラ)はスペイン語に由来するフレーズだが、正しいスペイン語ではない。英語では歌詞にあるようにWhat will be will be。What will beが主語の名詞句で、will beが述語動詞だ。もちろん「なるようになる」の意味。

とにかくまずは全歌詞をご紹介する。

When I was just a little girl
I asked my mother, what will I be
Will I be pretty, will I be rich
Here’s what she said to me.

Que Sera, Sera
Whatever will be, will be
The future’s not ours to see
Que Sera, Sera
What will be, will be.

When I was young, I fell in love
I asked my sweetheart what lies ahead
Will we have rainbows, day after day
Here’s what my sweetheart said.

Que Sera, Sera
Whatever will be, will be
The future’s not ours to see
Que Sera, Sera
What will be, will be

サビの部分のQue Sera, Seraだが、正しいスペイン語ではLo que será, seraとなる。フランス語だとCe qui sera, sera、イタリア語だとQuello che sarà, sarà、ポルトガル語だとO que será, seráである。みてのとおりラテン語系のコトバはみな非常によく似ている。ラテン語を母とするのだから当たり前だが。

いっぽう英語のWhatever will be, will beは、こうしたラテン語系の言語とは似ても似つかない。それもそのはず、英語はラテン語系ではなくゲルマン系の言語だからだ。ドイツ語やオランダ語などと兄弟である。ちなみにドイツ語のカバー曲の題名はWas kann schöner sein。英語のWhatever could be more beautifulにあたり、Whatever=Was、could=kannと、よく似ている。おおまかにいってしまえば、西ヨーロッパの言語は、南側がラテン語系、北側がゲルマン系に属している。

このほかにも、Que Sera, Seraはさまざまな言語に翻訳されている。中国語ではテレサ・テンが「世事多變化」というタイトルで歌っている。

さてわが日本語バージョンの歌詞であるが、以下のとおりである。

わたしの小さい時、ママに聞きました
美しい娘になれるでしょうか
ケ・セラ・セラ
なるようになるわ
先のことなど わからない

大人になってから
あの人に聞きました
毎日がしあわせに なれるでしょうか
ケ・セラ・セラ
なるようになるさ
先のことなど わからない
わからない

子供ができたら
そのベビーが 聞きます
美しい娘になれるでしょうか
ケ・セラ・セラ
なるようになるわ
先のことなど わからない
わからない
ケ・セラ・セラ
(訳 音羽たかし)

オリジナルの英語歌詞の最初の4行

When I was just a little girl
I asked my mother, what will I be
Will I be pretty, will I be rich
Here’s what she said to me.

にあたる日本語は

わたしの小さい時、ママに聞きました
美しい娘になれるでしょうか

の2行である。

さらにいえば、あとの2行のWill I be pretty, will I be rich? Here’s what she said to me.は「美しい娘になれるでしょうか」となり、お金持ちになれるかどうかと、母親が質問に答えてくれたことが、どこかにとんでいってしまった。

これは訳者の音羽たかしさんがお金持ちや母親のことを嫌っていたわけではなく、日本語の特質として、そこまでの内容を盛り込めなかったからである。つまり日本語と英語とでは、同じ時間内に盛り込める情報の量がまったく異なるのだ。より具体的にいえば、同じ時間内であれば、英語にくらべて日本語が盛り込める情報量はおよそ半分程度である。日本語は何かを伝えるのに時間がかかる言語なのだ。

サビの部分の発音をみてみると、これまでにご紹介してきた各ポイントの総復習に最適である。

Whatever will be, will beでは、wの音、beの音が特にポイントになる。十分に口のかたちを意識して歌いあげてほしい。

The future’s not ours to seeでは、notが「ノット」、toが「トゥー」にならないように。最後のseeはもちろん「シー」ではない。無理にカタカナでかくと「スィー」のほうに近い。ちなみに「シー」に近いのはsheだ。最後のeeは前のbeと韻を踏んでいる。同じように強く鋭い「イー」の音。クチビルを横に強く強くひっぱろう。

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