成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

throughの認識

2011年7月13日

いま私の翻訳講座で訳しているEconomic Report of the Presidentに次の文章がある。

Measures of consumer sentiment fell to their lowest levels of the recession from November 2008 through February 2009 and rebounded sharply through May 2010. Confidence slipped a few points around midyear 2010 and then was roughly stable through October before picking up toward the end of the year. Nevertheless, sentiment remains well below pre-recession levels.

出版されている訳書では以下の訳文になっている。当講座の受講生の訳文の多くもこれにほぼ近い。

「消費者信頼感指数は、08年11月から09年2月にかけて今回のリセッションの最低水準にまで落ち込んだが、10年5月までに急速に回復した。消費者信頼感指数は10年半ばに数%下落し、その後10月までほぼその水準を維持し、年末に向かって回復した。それでも、消費者信頼感指数はリセッション前よりもはるかに低いままである。」

ここで問題となるのはfrom November 2008 through February 2009(08年11月から09年2月にかけて)、through May 2010(10年5月までに)、through October(10月まで)のthroughの訳し方である。それぞれ「にかけて」「までに」「まで」と訳されているが、これは厳密にいえば誤訳である。through Februaryは「2月まで」ではない。それならto Februaryだ。なぜthoughが使われるかというと、Februaryを抜けてという意味だからである。同様のことがthrough May 2010、through Octoberにもいえる。したがって上記の日本語を厳密に訳すと以下のようになる。

「消費者信頼感指数は08年11月から落ち込みはじめ、09年2月終了時点で今回のリセッションにおける最低水準に達した。その後急速に回復に向かったが、10年5月末を過ぎた頃から再び下落し、年央には数ポイント落ち込んだ。その後10月末頃までほぼ安定的に推移した後、再び回復基調となって年末へと向かった。それでも同指数はリセッション前よりもかなり低い水準のままである。」

「米国経済白書」の訳文がなぜ誤訳に近いものになったかというと、「通り抜けてしまっている」というthroughのイメージを正確につかんでいなかったからである。throughだけではなく、to, across, overといった他の前置詞のイメージも、多くの日本人は十分につかみきっていない。そしてこの誤解の背景には、「プロセス重視」と「結果重視」という日英の世界認識の違いが隠されている。

日本語は、基本的に「プロセス重視」の言語である。たとえば日本語では「私はその溝の向こう側にジャンプした。」といえば、ジャンプすることそのものに重点が置かれている。向こう側にすでに着いているかどうかはわからない。ひょっとすると途中で落ちたのかもしれない。

いっぽう、英語は基本的に「結果重視」の言語である。I jumped across the ditch.といえば、私はすでに向こう側に着いている 。だから英語ではI jumped across the ditch, but couldn’t.とはいえない。同様に、He walked to the park.といえば彼はすでに公園に着いており、The actor walked off the stage.といえば役者はすでに舞台を降りており、He kicked the ball into the goal.といえばボールはすでにゴールネットのなかにある。

日英における「プロセス重視」「結果重視」という世界認識の相違は、前置詞のみならず他のさまざまな領域でもみられる。英語を本当にマスターするにはきわめて重要な学習項目であるにもかかわらず、これまでの英語教育ではあまり取り上げてこられなかった。そのため多くの日本人英語学習者にとっての盲点となっている。これを機にぜひマスターしていただきたいと思う。

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