「まきこまれ ふりまわされ くたびれはてて  ある日 卒然と悟らされる もしかしたら たぶんそう 沢山のやさしい手が添えられたのだ 一人で処理してきたと思っている わたくしの幾つかの結節点にも 今日までそれと気づかせぬほどのさりげなさで」

2012年5月13日

茨木のり子の詩「知命」の最後の部分です。全文は以下のとおり。

他のひとがやってきて
この小包の紐 どうしたら
ほどけるのかしらと言う

他のひとがやってきては
こんがらかった糸の束
なんとかしてよ と言う

鋏で切れいと進言するが
肯じない
仕方なく手伝う もそもそと

生きてるよしみに
こういうのが生きてるってことの
おおよそか それにしてもあんまりな

まきこまれ
ふりまわされ
くたびれはてて

ある日 卒然と悟らされる
もしかしたら たぶんそう
沢山のやさしい手が添えられたのだ

一人で処理してきたと思っている
わたしの幾つかの結節点にも
今日までそれと気づかせぬほどのさりげなさで


この詩は茨木のり子が51歳のときに発表した作品です。タイトルの「知命」は論語の「五十にして天命を知る」のこと。以下、全文の英語です。ただし英語では、これは詩でなく散文と呼ぶべきものでしょう。

Someone came and said to me, “How can I untie the bundle?” Someone else came and asked me, “Will you manage this tangled thread?” I told her to snip it off, but she wouldn’t accept my words. So I reluctantly helped her untangle it. That’s life, I know, but it’s too much!

Having been involved with nuisances, annoyed with others, exhausted to the bone, I suddenly realized this: may be, or almost certainly, I was always supported by many hands of others even at the times of node in my life when I thought I managed all the things by myself. Now I realized that they always helped me as if nothing had happened.


<今日の出題>
「そんなん 覚悟のうえじゃないんかね? 最後のひとりまで戦うんじゃなかったんかね? いまここにまだ五人も居るのに! まだ左手も両足も残っとるのに!! うちはこんなん納得出来ん!!!」

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