成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

「ナウシカ」と「虫愛ずる姫君」と「ねこのユキオ」

2011年10月20日

私のサイトで「虫愛ずる姫君」のお話をスタートさせた(https://sites.google.com/site/yukiothecat/chong-aizuru-ji-junをみてください)。これまで、うちの奥さんが描くイラストは1コマがほとんどだったが、虫愛ずる姫君という新しいキャラクターが生まれたのをきっかけに、ねこのユキオと姫君とのストーリーをつくってみようということになったのである。

まず、最初の4コマをつくってサイトなどに載せたところ、facebookで大阪の中国語通訳者である北村さんから「ん?ナウシカの着想になった物語?」というコメントをいただいた。どういうことかと尋ねたところ、ナウシカの誕生について説明しているサイトを教えていただいた。北村さん、ありがとうございます。

そのサイトから知ったところによると「風の谷のナウシカ」のナウシカとは、ギリシャの叙事詩「オデュッセイア」に登場するパイアキアの王女の名前である。ナウシカは俊足で空想的な美しい少女だ。求婚者や世俗的な幸福よりも竪琴と歌を愛し、自然とたわむれることを喜ぶ優れた感受性の持主でもある。漂着したオデュッセウスの血まみれ姿を怖れずに彼を救い、そして手当てをした。ナウシカの両親は、彼女がオデュッセウスに恋することを心配し、彼をせきたてて出帆させる。彼を乗せた船が見えなくなるまで岸辺で見送ったナウシカは、その後、終生結婚せず最初の女吟遊詩人となって宮廷から宮廷へと旅してオデュッセウスのことを歌いつづけたのだという。

そして宮崎駿が「風の谷のナウシカ」をつくるにあたって、このナウシカとともにもう一人イメージしたのが「虫愛ずる姫君」であったという。宮崎は次のように書いている。

「ナウシカを知るとともに、私はひとりの日本のヒロインを思い出した。たしか、今昔物語にあったのではないかと思う、虫愛ずる姫君と呼ばれたその少女は、さる貴族の姫君なのだが、年頃になっても野原をとび歩き、芋虫が蝶に変身する姿に感動したりして、世間から変わり者あつかいにされるのである。同じ年頃の娘たちなら誰でもがする、眉をそり歯を御歯黒に染めることもせず、その姫君は真っ白な歯と黒い眉をしていて、いかにも様子がおかしいと書いてあった。

今日なら、その姫君は、変わり者あつかいはされないだろう。一風変わっているにしても、自然愛好家とか個性的な趣味の持主として、充分社会の中に場所を見出す事が出来る。しかし、源氏物語や枕草子の時代に、虫を愛で、眉もおとさぬ貴族の娘の存在は、許されるはずもない。私は子供心にも、その姫君のその後の運命が気になってしかたがなかった。

社会の束縛に屈せず、自分の感性のままに野山を駆けまわり、草や木や、流れる雲に心を動かしたその姫君は、その後どのように生きたのだろうか・・・。今日なら、彼女を理解し愛する者も存在し得るが、習慣とタブーに充満した平安期に彼女を待ちうけた運命はどのようなものであったのだろう・・・。

残念なことにナウシカとはちがって、虫愛ずる姫君には出会うべきオデュッセウスも歌うべき歌も、束縛を逃れて流浪らうあても持っていなかった。しかし彼女に、もし偉大な航海者との出会いがあったなら、彼女は必ず不吉な血まみれの男の中に光かがやくなにかを見い出したはずである。

私の中で、ナウシカと虫愛づる姫君は、いつしか同一人物になってしまっていた。」(http://homepage3.nifty.com/mana/miyazaki-nausikanokoto.htmlより抜粋)

なんと、そういうことだったのか!虫愛ずる姫君とナウシカは、同一人物だったのだ。そしてそんなことはつゆ知らず、私と私の奥さんは、虫愛ずる姫君のストーリーをはじめようとしていたのである。

けれども考えてみれば、うちの奥さんが虫愛ずる姫君を描こうと思ったのは、宮崎駿と同様に、求婚者や世俗的な幸福など気にせず、自然とたわむれることを喜ぶ豊かな感受性の持主である姫君に対して、大いなる魅力と、その運命の過酷さを感じとったからである。その意味で、うちの奥さんの感受性は、宮崎駿と同じものだといってよいだろう。

さてオデュッセウスに出会ったナウシカとは違い、私たちの「虫愛ずる姫君」は、なんと、ねこのユキオに出会うのである。間違いなく壮大な叙事詩なんぞにはなりそうもない。どうなることやら。

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