「大きな桃が川をどんぶらこと流れてきました。」を英語にすると

2011年8月7日

「大きな桃が川をどんぶらこと流れてきました。」 もちろん、「桃太郎」ですね。さて、英語です。

A big peach came floating down the river.

一方、つぎの英語はダメです。

× A big peach came flowing down the river.

では、なぜfloatingならよくて、flowingではだめなのでしょうか。
これについては、英語学者の池上嘉彦の『<英文法>を考える』(ちくま学芸文庫)なかに「桃が川を流れてきた」を英訳するとどうなるのかについて述べている部分がありますので、以下にご紹介します。

・・・・・・英語の“flow”と日本語の「流レル」とがよい例である。この二つの語は‘Water flows’と「水ガ流レル」、‘The river flows’と「川ガ流レル」といったような場合、それからまた‘The fog flows’と「霧ガ流レル」といったような場合であっても、都合よく対応してくれる。そのために、例えば、お伽話の「桃太郎」の中で「桃ガ川ヲ流レテキタ」とあるのを英語にするならば、“*A peach came flowing down the river.”とでもすればよいと思ってしまう。しかし、この翻訳は英語の表現としては意味をなさないのである。日本語の「流レル」は<流れる>ものが<個体>であっても、<液体>であっても構わない。しかし、英語の‘flow’では、<流れる>ものは<気体>か<液体>――まとめて言えば、<流体>(fluid)――だけである。上の「桃太郎」に出てくる情景は英語ならば、“A peach came floating down the river.”とでも言わなくてはならない。

(池上嘉彦『<英文法>を考える』 p54)


英語のflowでは「流れる」のは気体か液体だけなんですね。だから桃はflowできないのです。そのかわりに、ぷかぷかと、floatできます。

さて、この訳では「どんぶらこ」が訳されていません。辞書をみると、「どんぶりこ(どんぶらこ)」=plop(をポチャン[ドスン, ドサッ]と落とす), splash(泥や水をはね散らす), tumbling(倒れる;(…につまずいて)転ぶ)などとありますが、いずれも、うーん、ですね。なによりも、plopのp、splashのsplやsh、tumblingのtといった子音のイメージはあまりに強すぎます。「どんぶらこ」のイメージである、のったりのったり感とはかけ離れたものです。これでは、小川をゆったりと流れる桃ではなく、急流を勇壮に下るカヌーのようです。どうやら「どんぶらこ」は英語にはできないようです。

「どんぶらこ」のような語彙をオノマトペ(擬音語)といいます。そして日本語はこのオノマトペがきわめて充実している言語であり、逆に英語はほとんど用いない言語です。この点において、日本語と英語とでは言語としての持ち味がまったくちがうのです。

最後に、日本語でのオノマトペの充実ぶりを示すために、井上ひさしの『私家版 文章読本』の例をご紹介します。
「歩く」という内容を、より具体的にし、できれば聴き手の感覚にじかに訴えたいと思うときは、いそいそ、うろうろ、おずおず、ぐんぐん、こそこそ、ざくざく、しゃなりしゃなり、しおしお、すごすご、すたすた、すたこら、ずんずん、ずしんずしん、せかせか、ぞろぞろ、たよたよ、だらだら、ちまちま、ちょこちょこ、ずかずか、つかつか、てくてく、どかどか、のっしのっし、どすんどすん、どたどた、どやどや、なよなよ、のこのこ、のそのそ、のろのろ、ぱたぱた、ひょろひょろ、ふらふら、ぶらぶら、へろへろ、まごまご、もそもそ、よちよち、よたよた、よぼよぼ、よろよろ、わらわら・・・・・・などのなかから、最もぴったり来る擬音・擬態語を選んで、「歩く」を補強するのである。

(井上ひさし『私家版 文章読本』 新潮文庫 pp120,121)

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