「東(ひむがし)の 野に陽炎(かぎろい)の 立つ見えて 返り見すれば 月傾(かた)ぶきぬ」

2011年10月15日

万葉集第一の歌人といわれた柿本人麻呂の名歌です。原文は「東野炎立所見而反見爲者月西渡」。いまの読み方は江戸時代の賀茂真淵によるもの。それ以前は別の読み方がなされていたようです。意味は斉藤茂吉の『万葉秀歌』によると「(阿騎野に宿をとった翌朝、)日の出の前の東天にすでに暁の光がみなぎり、それが雪の降った阿騎野にも映って見える。その時、西の方をふりかえると、もう月が落ちかかっている」というものです。

さて英訳です。すでに述べたように万葉集には優れた英訳がいくつもあります。そのなかからひとつだけご紹介します。

On the eastern plain,
the purple dawn is glowing.
While looking back
I see the moon declining to the west.

[Tr. Nippon Gakujutsu Shinkokai, loc. cit.]

こんな素晴らしい訳をされたら私なんぞは手も足も出せません。脱帽のみです。

dawnは曙光のこと。そこにpurpleという語がついていることで夜明け前の幻想的な大気の様子が見事にあらわされています。

glowは光や輝きを放つことですが、直接的に光や熱を放つshineとは違って、熱を伴わない光源からの光あるいは反射光のイメージです。英語にはglowやshineのほかにも光を放つという意味を内包する語がたくさんあります。gleam, glitter, glint, glare, shimmer, sparkle, twinkle, glistenなど。それぞれの語が少しずつ異なるイメージを持っています。

While looking backはlooking backだけでもよいのですが、While(~するうちに、同時に)をつけることで、同時に進行しているイメージがさらにふくらみます。

see the moon decliningは「the moonがdecline(下に傾く、ゆっくり落ちる)していくのがみえる」。いいですねえ。fallingやdroppingじゃあいけません。月がストンと落ちすぎです。sinkingやgoing downなら意味的には使えないことはないのでしょうが、うーん、違うよなあ…。

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