「 朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、「あ」 と幽かな叫び声をおあげになった。」を英語にすると

2011年8月13日

太宰治の『斜陽』(The Setting Sun)の出だしです。訳文(サイデンステッカー訳)です。


Mother uttered a faint cry. She was eating soup in the dining-room.


「お母さまが、「あ」と幽(かす)かな叫び声をおあげになった。」は、Mother uttered a faint cry. となっています。「かすかな叫び声」はa faint cryです。
「スウプを一さじ、すっと吸って」は、eating soup です。英語では、soupはeatします。soupには、かたちがないので、複数形になりません。「あ」といった間投詞や「すっと」といったオノマトペは訳されていません。というよりも、訳しようがないのです。訳すと、英語になりません。

食べることと叫ぶことの順序は逆になっており、「朝」も訳されていません。でも、

  Mother was eating soup in the dining-room in the morning. She uttered a faint cry.

などと訳されていたら、かなり間抜けな感じがしますね。私などが訳すと、ほぼ間違いなくこうなってしまいますが。
これ以降少し原文を続けて、それから英訳をご紹介します。


「髪の毛?」

スウプに何か、イヤなものでも入っていたのから、と思った。

「いいえ」

お母さまは、何事もなかったように、またひらりと、さじ、スウプをお口に流し込み、そしてお顔を横に向け、お勝手のマドの満開の山桜に視線を送り、そうしてお顔を横に向けたまま、またひらりと一さじ、スウプを小さなお唇のあいだに滑り込ませた。ヒラリ、という形容は、お母さまの場合、決して誇張ではない。婦人雑誌などに出ているお食事のいただき方などとは、てんでまるで、違っていらっしゃる。


Mother uttered a faint cry. She was eating soup in the dining-room.

I thought perhaps something disagreeable had got into the soup. “A hair?” I asked.

“No.” Mother poured another spoonful of soup into her mouth as if nothing had happened. This accomplished, she turned her head to one side, directed her gaze at the cherry tree in full bloom outside the kitchen window and, her head still averted, fluttered another spoonful of soup between her lips. Mother eats in a way so unlike the manner prescribed in woman’s magazine that it is no mere figure of speech in her case to use the word “flutter.”

「またひらりと一さじ、スウプを小さなお唇のあいだに滑り込ませた。」の「ひらり」に対しては、fluttered another spoonful of soup between her lipsとして、flutter(〈旗・翼などが〉はためく; ひらひら震える)という語を使っています。ただし、わたしの感触では、「ひらり」とは少しニュアンスが違うような気がします。

いずれにしろサイデンステッカーは、英語としてあまり無理をしていません。訳せないものは訳せないのだというたしかな姿勢をとっています。これが翻訳者としての正しい姿勢です。

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