成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

わき役の自覚

2012年1月3日

私の専門領域のひとつは経済だが、この分野を勉強していてずっと強く感じてきたのは、経済にかかわる人たちの多くが完全な勘違いをしているということだ。自分たちのしていることがまるで人間活動の中心のように思い込んでいる。

実際には経済活動など人間の活動のわき役にすぎない。「ひとはパンのみにて生きるにあらず」という言葉があるが、これは、パン(経済)というものが人間と社会にとって欠くことのできないものではあるが、人間の生きる営みの中心ではないということを示したものである。

ところが経済を専門とする人たちは、まるでパンのために人生があり社会があるかのように思いこんでいる。だから経済の調子が少しでも悪くなると、まるで人生そのものが社会そのものが終わってしまうかのように大騒ぎをする。そしてその大騒ぎが本当の知恵という観点からみればきわめて愚かしい行為であるとはまったく気づかないでいるのである。

私はこれまで数十年もそうした人たちをみてきたが、正直なところ、彼らがこれから自分を変えることはきわめて難しいと感じている。オウム信者と同じことで「経済教」に完全にマインドコントロールされてしまえば、そこから脱出するのはきわめて難しい。さらに困ったことに、こうした人たちの多くが自分は智慧があって賢い人間だなどと思い込んでいる。自分が賢いと信じている馬鹿につける薬はない。

最大の問題は、そうしたマインドコントロールされた人間たちが現在の日本の中心にいるということである。この問題を解決しないかぎり、日本の真の改善はないだろう。

経済活動が重要でないなどといっているのでは決してない。経済を学んできた人間のはしくれとして強く主張したいのは、人間にとってパン(経済)は絶対に必要だということである。貧すれば鈍すというではないか。人間はかすみを食って生きているわけではない。

しかし経済は人間の総合的な営みにとってやはり「わき役」でしかないのだ。私たちは決してパンのみにて生きる存在ではない。それが人間というものである。今後はそれを強く自覚した本当の経済専門家たちが日本に数多く輩出されることを強く期待する。

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