成瀬由紀夫コラム ことのは道中記

共通善への回帰、論理思考偏重からの脱出

2011年10月14日

今日(2011.10.14)の日経新聞の「経済教室」に、野中郁次郎(一橋大学名誉教授)と徳岡晃一郎(多摩大学教授)が「共通善への回帰」と「論理思考偏重からの脱出」について述べている。ちなみにこの掲載論文につけられた「『知』を価値に変える経営を」というタイトルは内容を明確に示しておらず的外れである。

論文自体は出色の出来であると思う。このところアメリカかぶれたちのくだらない論文が載ることの多い「経済教室」だが、今回のものはそうした三流ものの論文とはまったく異質である。

指摘したい点は山ほどあるが、そのなかで敢えてポイントのみを取り上げる。

まず日本企業の低迷の原因として「欧米流経営を無批判に模倣し、自らの立ち位置を見失ってしまった」ことを挙げ、そのうえで「企業は自社の価値創造の仕組み、すなわちビジネスモデルおよびその根底にある価値観に立ち返って徹底的に自らを見直すべき」であり「日本本来の組織的知識創造が活発にいきるビジネスモデルの再生していく必要がある」と主張している。そしてその具体的モデルとして「事業創生モデル(Business-Creating Model)」を提唱している。

「事業創生モデル」の具体的内容に踏み込むと論文すべてをここに写さなければならなくなるが、基本的なことだけをいえば、同モデルは4層(存在次元、事業次元、収益次元、社会次元)からなるもので、論文ではそれぞれに必要な具体的な条件が述べられている。

特に注目すべき点は、このモデルは既存の欧米型モデルとは本質的に異なるものだということである。野中と徳岡もその点を強く主張し、たとえば次のように述べている。「共通善や自己の存在といった人間的価値から自由になることを目指した従来の演繹的戦略論の本質には、このように強欲の無限追求が組み込まれている。いかに優れた戦略やビジネスモデルもつまるところは、収益極大化という虚構を目がけて走らざるを得なかった。リーマン・ショックの反省にもかかわらず、またぞろ巨額報酬問題などに揺れる欧米はこの枠組みから抜け出せずにいる。」

この指摘はきわめて重要であるとともに、数多くの日本人経済学者が、この収益極大化という虚構を無批判に受け入れ、それをいまもなお信奉している。それが日本の学問の実情である。この論文において野中と徳岡は、そうした愚かしい日本の学問状況に対して明確にノーを突き付けているのである。

私個人はこの論文の趣旨にほぼ全面的に賛成である。ただ私は学者ではなく実践者なので、このモデルをいかに実践につなげていくかが課題となる。野中と徳岡のいう「ワイズリーダー」となれるかどうかはあまり自信はないが、今後、さまざまな観点から実践に取り組んでみたい。

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