(11)英語の語彙

2011年9月12日

英語は、アングロ・サクソン語系語彙とラテン・ギリシャ語系語彙の2つの語彙体系を合わせ持つ「二重語彙」の言語です。日常的な表現は主にアングロ・サクソン語を使い、公的な表現は主にラテン・ギリシャ語を使うという、使い分けをしています。

アングロ・サクソン系語彙は英語のふるさと
英語が古代ドイツ語から離れて英語として独立したのは、西暦700~1100年のことです。日本でいえば奈良平安の時代です。この時代を、英語学者は「古英語」時代と呼んでいます。

「古英語」時代の英語とは、一言でいえば、古ドイツ語そのままです。ドイツ語と同じく冠詞は格変化し、語順もSVO以外にOVSなども許容していました。当時の語彙は純粋なアングロ・サクソン語系の語彙だけであり、ラテン語系の語彙やギリシャ系の語彙はほとんどありませんでした。

古英語から現代英語に引き継がれている語彙のほとんどが、身近な言葉たちです。冠詞、前置詞、代名詞、助動詞、hand, foot, head, neck, nose、give, get, take, comeなどなどです。発音はシンプル(単音節)で、たくさんの派生語彙や表現をつくりだすのが特徴です。

英語ネイティブが日常に使う語彙のうち、こうしたアングロ・サクソン系の語彙の割合は8割を超えています。日常生活は、ほとんどアングロ・サクソン系語彙だけで用が足りるのです。

歴史が順調に進んでいたならば、いまの英語はドイツ語とほぼ同じ言語になっていたことでしょう。ラテン語の末裔であるイタリア語とスペイン語が、いまでもある程度は通じあうように、現代の英語とドイツ語がいまでも通じ合っても、決しておかしくはありませんでした。しかし実際には、現代英語と現代ドイツ語は大きく異なってしまいました。その最大の理由のひとつが、1066年に起こった「ノルマン・コンクェスト」という大事件です。

ノルマン・コンクェスト
1066年、イギリスで「ノルマン・コンクェスト」(ノルマン人の制服)と呼ばれる歴史的な大事件が起こりました。北フランスのノルマンディー領主ウィリアム公が、イギリス王位を継承する権利があると主張して、イギリスに戦争をしかけてきたのです。当時のヨーロッパ世界では、王位継承争いは珍しくなく、王様がよその国を征服してもおかしくはありませんでした。普通であれば、そうした戦争によって王様は入れ替わりますが、その下の貴族や宗教者などの社会の支配階層については、土着の人々がそのまま残されるのです。

ところがこの時には、ノルマンディー公ウィリアムとイギリス軍のあいだに激しい戦いがつづき、それまでにいたイギリス人の貴族たちがなんと一掃されてしまいました。その結果、英語を話す土着の貴族階層がイギリスにほとんどいなくなってしまったのです。

代わりにイギリスの支配階層となったのはノルマン人、つまりフランス語を話す人たちでした。貴族が入れ代わると、貴族についてくる騎士も代わり、商人や宗教者も代わります。こうして、イギリスの支配階級はすべてフランス語を話す人たちになってしまいました。一方、上流階級が入れ代わっても、小地主や農民、農奴といった下層階級は従来のままです。そして彼らは、英語を話す人たちでした。

こうして1066年を境に、イギリスでは貴族、騎士、商人、僧侶といった社会の支配階層はフランス語で生活をし、小地主、農民、農奴といった社会の被支配階層は英語で生活をするという、社会的な二重言語体制ができあがりました。そしてこの社会体制が、その後300年ものあいだ、続くのです。

その結果、英語の語彙には奇妙なことが起こりました。たとえば、英語では牛をOx、豚をPig (Swine)、子牛をCalf、羊をSheep、鹿をDeerといいます。ところが、これらの動物が食卓にのせられると、それぞれBeef、Pork、Veal、Mutton、Venisonというふうに、ラテン語系の語彙になってしまうのです。

このことは、生きた動物を飼育していたのは被征服民族で英語を話すアングロ・サクソン人であり、それを料理して食卓で食べていたのはフランスから来たフランス語を話す人たちだったということを示しています。ドイツやフランスでは、生きている牛も食卓にあがる牛も同じ語彙を用いています。生きた動物とその料理された肉の語彙を使い分けているのは、英語ぐらいのものなのです。

もちろん、こうした英語語彙の二重化は牛や馬の話だけではありません。たとえば、人体に関する表現でも、英語ではラテン系語彙とアングロ・サクソン系語彙を使い分けています。「目」はアングロ・サクソン系語彙ではeyeですが、「視界」はラテン系ではsightやviewです。「手」はアングロ・サクソン系のhandですが、「手動」となるとラテン系のmanualが使われます。「耳」はアングロ・サクソン系のearですが、しかし「聴覚」になるとラテン系auditoryという語が顔を出します。「腹」はbellyですが、「腹部」ならabdomenといった具合です。

ルネサンスの到来
ノルマン・コンクェストによる語彙の二重構造化にさらに拍車をかけたのが、第二の出来事、ルネサンスの到来でした。16世紀、ギリシャ・ラテン古典作家の影響がイギリスにも押し寄せたとき、イギリスの学者たちは、ギリシャ・ラテンの文献の英語への翻訳を開始しました。

ところが、ギリシャ語やラテン語に置き換えることのできる語彙が、その当時の英語のなかにはありませんでした。そこで当時のイギリスの知識人たちは、ギリシャ語やラテン語の語彙を、英語のなかに「そのまま」取り込みました。それが、英語のなかに新たな外来語の語彙層を形成していくこととなったのです。

それらの語彙の大半は、ラテン語系の語彙でした。そしてそのほぼすべてが、土着のアングロ・サクソン系の語彙よりも格上あるいは公的な語彙であるとみなされました。かくして現代英語の語彙は、よくいえば、現代西欧言語のなかで最も多様性を持つものになりました。

ただし悪くいえば、それは西欧諸言語の語彙の「ごった煮」ともいえるものであり、あまりにも語彙数が多いため、外国人のみならずイギリス人やアメリカ人にとっても、英語の語彙を十分に習得することはとても難しいのです。そのため、アメリカやイギリスの学者や知識人のなかには、英語の語彙をきちんと整理していかなければならないというがかなり多くあります。この点において日本語での漢字の状況と、とてもよく似ています。

日常生活はアングロ・サクソン、学問や文化はラテンで
現在の英語では使用頻度の最も高い語彙の8割をアングロ・サクソン系語彙が占めています。しかしその大半は、冠詞や前置詞や代名詞、基本動詞や基本名詞にすぎません。

いっぽう、学問、産業、文化といった知的分野や芸術的分野では、フランス語・ラテン語系語彙の使用数は、アングロ・サクソン系語彙の使用数の3倍にも達します。現代の英語では、フランス語やラテン語系の語彙を使わなければ、学問や産業や文化が成り立たないのです。

こうして英語の世界では、日常生活はアングロ・サクソン系の語彙、法律や政治や学問といった公的な場ではラテン・ギリシャ系の語彙が用いられることになりました。英語が国際語となった現在でも、この状況は基本的に変わってはいません。

Categories: 新着情報 英語教育論の基本知識